第433話 猪突猛進

「これが師匠の調合室!」

「違うから。ミュラン侯爵様がレオン様のために用意した部屋だから」


 うーん、調子狂うな。完全に目が曇っていらっしゃる。どげんかせんといかん。

 まずはサロンであいさつを、と思ったのだが、レオン君に調合室を見せて欲しいとせがまれて先に行くことになった。


 その間にお茶の準備を整えてくれるらしい。ミュラン侯爵夫妻が困ったような目でレオン君を見ていたし、ヒルダ嬢とキャロはあきれたように首を振っていた。

 普段からこんな感じだったのかな? 夫人が言っていた”熱が入りすぎる”という言葉は冗談でも誇張表現でもなかったらしい。


「師匠、これは蒸留装置ですか? こんな形、見たことありませんよ」

「それはちょっと細工をして、蒸留水をたくさん得られるようにしただけですよ」

「蒸留装置の革命ですよ、これは!」


 大げさである。単に水蒸気の出口に冷却装置を組み込んだだけだ。この設備はファビエンヌの実家にある調合室にも設置してある。そこまで驚くべきものではないと思う。だがレオン君はそうは思わなかったらしい。


 その後もしきりに調合室にある装置や器具を観察するレオン君。その様子を見てファビエンヌもあきれているかのように眉を下げていた。


「ものすごく熱心な方ですわね。それだけ魔法薬に興味があるのでしょうけど」

「そうみたいだね。師匠としてはうれしい限りなんだけど、魔法薬を作るのには冷静な判断も必要になるからね。その辺がどうなのか気になるな」

「きっと魔法薬を作るときは落ち着いていますわよ」


 その後は俺たちを呼びに来た使用人に連れられてサロンへ向かった。レオン君を移動させるのが大変だった。最終的にはヒルダ嬢が来て、耳を引っ張られて連れて行かれた。なんだか分からないけど、前途多難な気がして来たぞ。どうか気のせいでありますように。

 サロンではミュラン侯爵夫妻が待っていた。


「まったく、相変わらずレオンは落ち着きがないな。それではいつか大きな失敗をすることになるぞ」

「学園に行って少しは落ち着くかと思っていたけど、もしかして、余計にひどくなってないかしら?」

「そんなことはありませんよ! 授業はちゃんと受けてますし、魔法薬もちゃんと作っていますから」


 憤慨してそう言ったレオン君だったが、ミュラン侯爵家一同はなんだか信じていないような顔をしていた。大変だな、レオン君。まずは信頼を取り戻すことから始めないといけないのか。


「ところでレオン様、ジョバンニ様とは知り合いなのですか?」

「師匠、ボクのことは呼び捨てにして下さい。それから敬語も必要ありません」

「いや、そう言われましても……」


 助けを求めてミュラン侯爵夫妻を見たが、軽く首を左右に振られただけだった。打つ手なし、ということのようである。

 大丈夫かな、レオン君。ご両親に見捨てられてないよね? その原因が魔法薬だったりしたら、俺は嫌だよ。


「ジョバンニ様は月に一度、魔法薬の授業をして下さるのですよ。そのとき教えてくれる手法がこれまでの授業で教わったものとかけ離れていたので、気になって聞きに行ったのですよ」

「まあ! まさか、王城の王宮魔法薬師団に押しかけていないわよね?」

「え? な、ないですよ」


 押しかけたな。たぶんこの場にいる全員がそう思ったはずである。この反応を見るに、どうやらミュラン侯爵夫妻も知らなかったようである。ミュラン侯爵が天を見上げた。

 そりゃそうだよね。学生が王城を訪れて、王宮魔法薬師団の一番偉い人と面会するだなんて。普通はそんなこと考えつかないし、やらないだろう。


「そ、それで、色々とお話を聞くことができたのですよ。そのときに、授業で教えてくれた手法は師匠が教えてくれたものだと聞いて、弟子入りを決めました」


 決断が早い。そしてなぜジョバンニ様は俺の名前を出すのか。確か秘密にするような取り決めがあったような気がするのだが……レオン君の熱意に負けたのかな? それとも、レオン君は同志になれると判断したのか。これ以上、俺の信者は増やさなくて良いんだけど。


「そのことは他の人には話してませんよね?」

「もちろんですよ。ジョバンニ様に絶対に話さないと約束しましたからね。血の契約も結んで来ました」

「血の契約……」


 ミュラン侯爵のつぶやきにその場が凍りついた。まさか本当に血の契約を結ぶ者が現れるとは思わなかった。それもミュラン侯爵家の次男である。

 これはあとで夫妻に呼び出されてコッテリと怒られるやつだな。俺のせいじゃないぞ。


「そ、それはそうと、レオン、どんな学園生活を送っているのか話してもらえないかしら? そのうちキャロも王都の学園に通うことになるから、聞いておきたいわよね?」

「は、はい! 聞いてみたいです!」


 張り付いた空気を敏感に感じ取ったヒルダ嬢が、その空気を変えるべく話題を振った。それを察したキャロもそれに乗っかった。レオン君は間違いなく、ミュラン侯爵家の問題児だな。


 その後は何とかこの場の空気も持ち直した。レオン君もさすがにまずいと思ったのか、必死に学園生活について話していた。基本的には普通の学園生活を送っているようだったので、どうやら魔法薬がからむと後先考えない行動に出てしまうようだ。


 レオン君を弟子にするのは良いが、ちょっと気をつけて扱った方が良さそうだぞ。まずは落ち着いて行動するように仕向けなければならない。それから、行動する前に一度立ち止まって考えることも覚えさせなければならない。できればもっと前にレオン君に身につけさせて欲しかった。

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