第432話 弟子、来る
話を聞いたところによると、ヒルダ嬢はしばらくミュラン侯爵家に滞在することになっているようである。どうもその間に輿入れの準備を進めるようだ。
東の辺境伯の子息と結婚することが正式に決まったそうである。実にめでたいことだな。
それを聞いたキャロが寂しそうな顔をしていたが、キャロにはアクセルがいる。アクセルならきっと、キャロにそんな思いをさせないはずだ。
キャロが王宮騎士団に所属するアクセルの家と結びつきを強めれば、王城の色んな情報が入ってくる。ミュラン侯爵家にとっても悪くない。そしてアクセルの役職が高くなれば、それだけ旨味も増すということだ。
「アクセル君と会うのは夕食の時間になるかしら? どんな子なのか楽しみね」
ウフフと笑うヒルダ嬢。キャロは顔を真っ赤にしてうつむいていた。気を利かせた俺はお茶を飲んだあとすぐに訓練場へ向かい、アクセルにそのことを話すのであった。
アクセルの顔は強張っていたが、避けることはできないと判断したようだ。ヒルダ嬢がどんな人なのか、しきりに情報を集めていた。
夕食時、帰って来たミュラン侯爵はヒルダ嬢がいることに大喜びだった。嫁に行ってしまえば会う機会も少なくなるからね。残りの時間をしっかりと刻みたいようだ。二人がひとしきり話したあとはアクセルとイジドルの紹介になった。
アクセルは緊張感からなのか、何度も噛んでいたし、イジドルは突如として自分まで一緒に紹介されたのでタジタジになっていた。俺が王都にいたころはダンスパーティーに出ることができるくらいの度胸を身につけていたはずなのに、それをどこに置いてきてしまったのか。
ヒルダ嬢はなんだか観察するような目でアクセルを見ていた。それもそうか。大事な妹が嫁ぐことになるのかも知れないからね。アクセルの人となりが気になるのだろう。まあ、俺と仲良くしている段階で、それなりに見所がある人物だと思ってくれているんじゃないかな?
夕食が終わるとお風呂である。今日もまた、みんなで一緒にお風呂に入ろうとしていた俺たちを見たヒルダ嬢が固まった。
「え、みんなで一緒に入るの? えっと、それって……でもあなたたちの年齢なら大丈夫なのかしら?」
「大丈夫ですよ、ヒルダ様。この水着を着てお風呂に入りますから」
「水着?」
コテンと首をかしげたヒルダ嬢に水着がどんな物であるのかを説明した。説明している間に夫人もやって来たので、一緒に説明をする。不審に思われるのは良くないからね。
「それではハイネ辺境伯家ではみんなこの水着を着てお風呂に入っているのですね」
「男女が一緒に入るときは身につけていますよ」
「それって、ダニエラ様もですか?」
「ええ、そうですよ。ダニエラ様はみんなで一緒にお風呂に入るのが夢だったようで、それをかなえるためにみんなの水着を作りました」
あのときは大変だったからね。見てはならないものを見てしまったし、さすがにあのままタオル一枚で一緒にお風呂に入り続けるのには無理があった。水着をみんなに着せることができて良かった。
「まさかこんなものがハイネ辺境伯家で使われているとは思わなかったわ。それにこれ、伸びるわ」
俺の海パンをビヨンビヨンさせるヒルダ嬢。興味津々のようである。その隣で夫人もジッとヒルダ嬢の手元を見ていた。興味がありそうなので、二人も必要なのか聞いてみようかな? 夫婦になってもスキンシップは必要だろう。
「興味があるのでしたら、夫人とヒルダ様の水着も作りましょうか? キャロが持っているのと同じような形になると思いますが」
「キャロ、見せてもらっても良いかしら?」
「もちろんですわ」
キャロから渡された下着のような水着を見る二人。ちょっと顔が赤くなっているが、水にぬれても透けない素材になっていると言うと納得してくれたようである。試しに作って欲しいということになった。
よし、これで正式にミュラン侯爵家でも水着着用でお風呂に入っても良いことになるな。嫌な顔をされたらどうしようかと思っていたので都合が良かった。二人のサイズはあとで使用人が教えてくれるそうである。
翌日に作った水着は好評だった。すぐに旦那の水着も作って欲しいということになり、予備も含めていくつか作っておいた。男性用の水着は簡単だ。ある程度のサイズが合っていればあとは自分で調整することができるからね。
ヒルダ嬢がミュラン侯爵家へ戻って来てから数日後、レオン君が王都から戻ってきた。みんなそろって屋敷の入り口前で待っていると、眼鏡をかけた少年がやって来た。髪はボサボサである。これは……自分の見た目には無頓着なやつだな。
「ただいま戻りました。あの、ユリウス様がいらっしゃっていると聞いたのですが……」
みんなの視線が俺に集まった。どういうことなの……もしかして、すでにユリウス信者になってる? 視線が集まった人物がユリウス本人であると気がついたのだろう。うれしそうな顔をしたレオン君が俺の目の前までやってきた。
そのキラキラした濁りのない目を見ると、ものすごく嫌な予感がした。
「会いたかった! ユリウス様の活躍はジョバンニ様から聞いています。ユリウス様、いや、師匠、ボクを弟子にして下さい!」
土下座という文化がこの世界にあるとは思わなかったが、それはどう見ても俺の知っている土下座だった。侯爵家の次男がそんなことをやっても良いのだろうか? いや、それよりも、すぐに立たせないと!
「もちろんですよ、レオン様! ほら、立って下さい。その姿勢では姿が良く見えないですよ」
「師匠!」
パアっと笑顔をヒマワリのように花開かせて立ち上がったレオン君。よし、これでひとまずの目的を果たすことができたぞ。もうこうなれば、あとは野となれ山となれだな。嫌われていなくて良かったと思うことにしよう。やったぜ。
「ユリウス信者がまた一人増えたね」
俺だけに聞こえるような声でイジドルがそう言った。ちょっとからかうような口ぶりである。だが、あえて言わせて欲しい。オマエモナ!
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