第431話 ヒルダ嬢が帰って来る
翌日、近日中にミュラン侯爵家の次男であるレオン君が王都から帰ってくることが知らされた。どうやら王都の学園は夏休みに入ったようである。
カインお兄様もハイネ辺境伯家に帰っているころかな? ミーカお義姉様は今年はどうするのだろうか。ハイネ辺境伯家に遊びに来て、俺たちがいなかったら悲しむかも知れないな。
「調合室の準備は大丈夫だし、薬草園も作った。あとはレオンさん次第だな」
「私たちが作った魔法薬はどんどん消費されているみたいですよ。まだまだ魔法薬が足りていないのだと思いますわ」
「脅威は去ったけど、日常に戻るまではもう少し時間がかかりそうだね。しばらくは魔法薬を作り続ける必要がありそうだ」
調合室でファビエンヌと一緒に魔法薬を作りながら、これからするべきことを話した。植物栄養剤のおかげで毎日素材を入手できるが、ずっと魔法薬を作り続けるわけにはいかない。俺たちはロボットじゃないからね。適度な休息が必要だ。
ある程度の数ができたところで、いつものように使用人に頼んで騎士団のところへと持って行ってもらった。そこからミュラン侯爵家の騎士たちが責任を持って必要なところへと届けてくれるようである。
一仕事を終えたのでサロンで休憩しているとキャロがやって来た。アクセルがいないところを見ると、イジドルと一緒に訓練場にでも行っているのかな?
「ユリウス、ファビエンヌ、お姉様がこちらへ来るそうですわ」
「ヒルダ嬢が? 何かあったのかな」
「お礼に来るみたいですわ」
「お礼?」
確かヒルダ嬢は、今は東の辺境伯家に行っていたはずだ。それなのにミュラン侯爵家にお礼に来るとはどういう風の吹き回しなのだろうか。もしかして、俺が魔法を使ったことに気づかれた? それはさすがにないと思うんだけど。
「そうよ。ハイネ辺境伯家から魔法薬がたくさん提供されたでしょう? その魔法薬のおかげで、たくさんの兵士たちが助けられたみたいなのよ」
「なるほど、それのお礼か。別に気にしなくても良いのに」
「そういうわけにはいかないのよ」
キャロの目尻が下がった。
東の辺境伯とハイネ辺境伯家には直接的なつながりがない。そのため、今回の魔法薬の提供はミュラン侯爵家を通して行われている。ミュラン侯爵家へのお礼で十分だろう。
それを今回はヒルダ嬢を使って、直接ハイネ辺境伯家へお礼を言いに来るようである。これは東の辺境伯家が、ハイネ辺境伯家と結びつきを強めたいと思っているということなのかな?
味方が増えるのはありがたいことなので、遠慮なく受け取ることにしよう。今の俺はハイネ辺境伯家の代表なのだから。
お昼を過ぎたころ、ヒルダ嬢がミュラン侯爵家へと帰って来た。どうやら数ヶ月ぶりに戻って来たようであり、夫人もキャロも大喜びだった。ミュラン侯爵は仕事で出かけていてこの場にいないけど、戻って来たらきっと二人と同じように喜ぶんだろうな。
「ユリウス様、大変お世話になりましたわ。ハイネ辺境伯家から提供された魔法薬のおかげで、兵士たちの多くが救われましたわ」
「いえ、とんでもありません。ミュラン侯爵家と縁のある家として、当然のことをしたまでですよ」
「そう言ってもらえるとうれしいわ」
ウフフ、アハハと社交辞令用の笑顔で笑う。疲れるな、これ。そろそろ普通にしゃべってもらいたい。そう思っていたのは俺だけじゃなかったようだ。ヒルダ嬢からここからは普通に話しましょうと提案があった。もちろんすぐにその提案に乗った。
「隣にいる子がユリウスの婚約者なのね。かわいらしくて良くお似合いよ。それに、ハイネ辺境伯家にピッタリなお嬢さんみたいね」
ヒルダ嬢にほめられてほほを赤く染めるファビエンヌ。だがそのピッタリ、という言葉を言ったときにヒルダ嬢がファビエンヌの胸にチラリと視線を送ったことを俺は見逃さなかった。
どうやらハイネ辺境伯家の男たちは巨乳好きと思われているようだ。もしかすると、ダニエラお義姉様に負けたのは胸の大きさが原因だと思っているのかも知れない。
実際のところはハイネ辺境伯家と王家の政略的な”何か”で決まったと思うのだが、もしかすると真実は違うのかな? 怖くて聞けなけどね。
アレックスお兄様に「おっぱいが大きいからダニエラお義姉様を選んだのですか?」なんて聞けるはずがない。もちろん、カインお兄様にもである。俺は――そんなことないからね?
「しばらくの間、ミュラン侯爵家の調合室で魔法薬を作ることになってますので、引き続き魔法薬を提供できると思います」
「そういえばレオンに魔法薬の作り方を教えることになっているそうね?」
「はい。その予定になっています。準備はすでに整っているので問題ないと思います。ところで、レオンさんはどんな方なのですか?」
俺の質問に困ったように眉を下げるヒルダ嬢。もしかして、あまり良くない人物なのかな? その場合はそれなりに教えたところで切り上げて帰ることも考えておかないといけないな。もしかして、これまでミュラン侯爵夫妻が何も話さなかったのはそのためか?
「レオンはね、魔法薬のことになると、つい、熱が入る子なのよ。いえ、ハッキリ言っておいた方が良いわね。熱が入りすぎる子なのよ。きっと小さいころに飲んだ魔法薬が衝撃的だったのね」
小さいころと言えば、まだゲロマズ魔法薬しかなかったころのはずだ。それを飲んで興味を持ったということは、魔法薬のあまりのひどさに頭がやられてしまったのかも知れないな。
そのまずさが原因で「魔法薬を何とかしなければならない」と、目覚めてくれていたら良いのだけど……変な風にこじらせていないよね? なんだかちょっと心配になってきたぞ。
「ああ、基本的には良い子だから、そんな顔をしなくても大丈夫よ。王都の学園にも通っていることだし、今はそれなりに落ち着いたんじゃないかしら?」
首をひねるヒルダ嬢。どうやら確信は持っていないようである。それを聞いていた夫人も苦笑いするだけであった。
きっと不安に思っているんだろうな。色んな意味でレオン君はミュラン侯爵家の問題児のようである。ハイネ辺境伯家での俺みたいな立場だな。なんだかシンパシーを感じてきたぞ。
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