第430話 口封じはお早めに

 このまま分かれた状態でお風呂につかっているのは良くないな。お風呂は楽しく、リラックスして入らないとね。ファビエンヌの隣に慣れた動きで移動する。いつもの光景だから問題ないはず。


「今日のデートは楽しめた?」

「はい。とても楽しかったですわ」

「良かった。それじゃ、また近いうちに行こう。行ってない観光名所はまだまだあるからね」


 そう言ってネロの方を見ると、任せて下さいとばかりに力強くうなずいてくれた。よしよし、プランBだけじゃなく、CもDもあるみたいだな。まだまだミュラン侯爵領の領都を楽しめそうだ。


「ユリウス、さっきのミュラン侯爵の話なんだけど、身に覚えは?」


 よほど気になっていたのだろう。こちら側へ移動して来たアクセルがすぐに聞いてきた。キャロの視線もこちらに向いている。アクセルと同じく気になるのだろう。俺は素直に話すことにした。話したあとで口封じだ。


「ああ、あれね。魔法で雨を降らせて、風を起こして乾かしたよ」


 やっぱりね、見たいな顔になったアクセルとキャロ。ファビエンヌは当然察していたようで、眉を曲げて困ったような笑顔を浮かべていた。苦言を言わないところを見ると、許してくれたのだろう。


「まさか風魔法まで使っていたとは思わなかったよ」

「なんだ、イジドルは知っていたのか?」

「うん。雨を降らせる魔法を使ってるところは見ていたからね」

「ああ、だからあのお話が出たときに微妙な顔をしていたのね」


 そのときの光景を思い出したのか、キャロが納得したように首を小さく何度も縦に振っていた。ちょっと気になったんだけど、だれも俺がやったことを疑わないよね。もしかして、俺ってそんなことをする人物だと思われている?


「それじゃあ、ミュラン侯爵夫妻が『神の御業だ』とか言っていたのは違うってことになるよな?」

「そうなるわよね」


 アクセルがキャロを見ながらそう言うと、アゴに手を当てたキャロが思案そうな顔つきでそう言った。アクセルの視線がチラチラとキャロの胸元へ向かっている。バレバレだと思うんだけど、どうしよう。どうやら俺は罪深い物を作ってしまったようだ。すぐに慣れてくれると良いんだけど。


「あの言い方だと、すでに『神の御業』として広まっているんじゃないかな?」

「たぶんそうだと思う。だから今さら『俺がやりました』なんて言い出せないよね?」


 ニッコリとイジドルに笑顔を向ける。イジドルの顔が引きつった。シンと静まり返るお風呂。最初に口を開いたのはアクセルだった。口をパクパクさせている。


「やけにすんなりと事実を認めると思った。これじゃ真実を知ってもだれにも話せないじゃないか」

「そういうことだから、みんな内緒にしておいてね」

「ユリウス、最初からそれが目的だったんでしょう?」

「バレた?」


 イジドルにそう言うとみんなから笑いが起きた。よしよし、どうやら俺が魔法を使ったことは秘密にしてもらえそうだぞ。みんなのことは信頼してるが、うっかり口を滑らせることはだれにでもあることだからね。念のため、しっかりと口封じしておくことは大事である。


「ねえ、ユリウス、雨を降らせる魔法はボクにでも使えるのかな?」

「ウォーターシャワーの応用だから、練習すれば使えると思うよ」

「庭で水浴びをしていたときに使った魔法だよね? なるほど、あれが原型なのか。確かに上へ放てば雨みたいに降らせることができるよね」


 ウンウンと考え始めるイジドル。魔法のことになると周りが見えなくなるタイプだな。この中で一番口を滑らせそうだ。だれかに見張ってもらった方が良いかも知れない。

 アクセルを見るとうなずきを返してくれた。たぶんこれでよし。


「乾かすときに使った風魔法はどんなものなのですか?」

「あれは髪の毛を乾かすときに使う魔法だよ。それを遠くで、広範囲に使っただけだよ」

「そ、そうなのですね。ユリウス様はそんなことまでできるのですね」


 ちょっと引いた様子のファビエンヌ。やりすぎたかな? 遠距離で広範囲に魔法を使うのはやめた方が良さそうだ。まあ、こんなことでもない限り使うことはないと思うけどね。

 そのあとは観光名所やシュークリームの話をしてお風呂から上がった。


 今度のデートはイジドルもついて行くと言い張っていた。どうやらおいしい物を食べ損ねると思ったらしい。間違いなくお邪魔虫になると思うんだよね。キャロとアクセルも微妙な顔をしていた。


 お風呂から出てファビエンヌの髪とミラを風魔法で乾かしていると、みんなが集まって来た。ミュラン侯爵家には冷温送風機の魔道具が設置されているので、それで髪を乾かせば問題ないはずなのだが……。


「ユリウス、その魔法、ボクにも教えてよ」

「あの、良かったら私の髪も乾かしてもらえないかしら? だって、ファビエンヌもミラちゃんも気持ち良さそうなんですもの」

「モテモテだな、ユリウスは」


 あきれたような口調でそう言ったアクセルの髪を魔法でさっと乾かしてから、イジドルに魔法を教えつつ、一緒にキャロの髪も乾かしてあげる。

 魔力制御に磨きをかけていたイジドルだったが、微弱の魔法を使うのに苦労していた。しかも、火と風の魔法を同時に使うからね。余計に大変そうだった。


「二つの魔法を同時に使うだなんて考えたことなかったよ」

「そうなの? 組み合わせると面白い効果になる魔法もあるのにね」

「ユリウス、その話、詳しく」

「お、おう」


 イジドルがグッと顔を寄せてきた。この場面だけ見ると、そんな関係のように思われるな。それにしても、魔法を同時に使うことを考えたことがないだなんて。もしかすると、合成魔法の類いを使うのは良くないかも知れないな。ちゃんと調べてからイジドルに教えた方が良さそうだ。もうすでに髪を乾かす魔法を教えちゃっているけど。

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