第428話 全部イジドルが悪い

 夕食の時間になった。その頃には討伐隊からの詳しい情報も入ってきているようで、ミュラン侯爵家はちょっとしたお祝いムードになっていた。使用人だけでなく、騎士団も浮き足立っているようである。今頃は騎士団の宿舎で祝賀会を開いているかも知れない。


 それはもちろん、ミュラン侯爵夫妻も同じだった。いつもよりご機嫌な様子で夕食が始まった。並んでいる料理もいつもよりか少し豪華なような気がする。


「皆も聞いていると思うが、魔物の氾濫を引き起こしたと思われる凶悪な魔物を討伐することができた。これでこの辺りも落ち着きを取り戻すだろう。もちろん、しばらくは気を緩めないつもりだがね」

「それは何よりの知らせです。あとは負傷者の治療と、魔物に襲われた町や村の復興を進めれば良さそうですね」

「うむ、その通りだ」


 上機嫌でミュラン侯爵がワインを飲んでいる。まだお酒が飲めない子供たちは果物を搾ったジュースである。久しぶりに炭酸飲料が飲みたいな。調理場で炭酸石をもらってくれば良かった。


「お父様、一体どのような魔物だったのですか?」

「どうやらビッグエイプの亜種だったようだ。皆が森でビッグエイプに出くわしたのは、どうやらその影響だったみたいだな」


 ビッグエイプの亜種か。魔法を使えるようになっていたのは驚きだな。魔物図鑑で読んだことがあったが、魔物はときどき亜種へと変化することがあるらしい。進化ではないのは一代限りだからである。もし子供も亜種だったりしたらとんでもない被害が出ることだろう。


「亜種か。強かったんだろうな、きっと」

「魔法を使うみたいだったしね。頭も良くなっているみたいだったし、大変だったと思うよ」

「イジドルは良く知っておりますわね」


 あ、しまった! みたいな顔をしてる。そして俺の方をチラチラ見るんじゃない。怪しまれるだろうが。ちょっと首をひねるキャロ。怪しんでる。アクセルが食事を中断し腕を組んだ。


「イジドル、何でそんなことを知っているんだ? 俺たちが戻って来てからはずっと一緒にいたよな」

「あ、えっと……昨日、時計台の上に登ったときに偶然森が燃えているのを見たんだよ。それできっとあれが魔物と戦っていたんだろうなと思ってさ」


 チラチラとこちらを見るイジドル。これはもうダメかも分からんね。素知らぬ顔をしておいしい食事を食べるが、何となく味がしなくなってきたような気がする。アクセルとキャロ、そしてファビエンヌの視線を感じるような気がする。いや、きっとそのせいだ。


「おお、そうだったのか。恐らくイジドルくんが見たものは討伐隊と魔物が戦っていた場面だろう。キミの言う通り、亜種は頭が良く、火の魔法を使って森に火をつけたらしい」

「まあ! 森は大丈夫でしたの?」

「それなんだが、討伐隊の魔導師が火を消していたところに、運良く大雨が降ってきたみたいでな。その雨で一瞬にして火が消えたらしい。神の助けだとみんな言っているそうだ。私もそう思うよ」


 ヒッ! そんな話、聞きたくなかったぞ。それもこれもイジドルが悪い。俺は「何してくれんだ」と思いを込めてイジドルを見る。小さくなったイジドルがモソモソと食事を再開した。


「運良く大雨が……」

「そうだ。しかもそれだけじゃなかったらしい。すぐその後に乾いた風が吹いたそうでな。その風が去ったときにはあれだけぬれていた服がキレイに乾いていたそうだ」


 なぬ! 見たいな目でこちらに振り向いたイジドル。こりゃ内緒で風魔法を使ったのがバレたかな? 言わなきゃバレないと思ったのだが、思わぬところから情報が伝わってきてしまった。


「私もそのお話を聞きましたわ。間違いなく神様が見ていて下さったはずですわ」


 夫人がうれしそうに笑っている。神が目をかけてくれる土地。それだけでも大きな話題を生み出すことになるだろう。これは思った以上に魔物の氾濫からの復興は早く進みそうだな。


「そのようなことが起きていたのですね。それではイジドルはその場面を見ていたということになるのかしら?」

「え? あの、えっと、どうだったかな~?」


 目を泳がせて動きが怪しくなったイジドルが食べるのを止めて腕を組んで考えている振りをしている。ここでその光景を見たとなれば、きっとどんな状況だったのかを話して欲しいと言われるだろう。なにせ、歴史的な瞬間を目撃したことになるのだから。


「ユリウスはどうなんだ。その場に一緒にいたんだよな?」

「え? いや~、気がつかなかったな~」


 くそ、イジドルのせいでこっちまで火の粉が降りかかって来たじゃないか。言いだしたのはイジドルなんだから、ちゃんと火の粉の盾にならんかい! ぐぬぬと思っていると、ファビエンヌが顔を寄せてきた。あ、これはもうダメかも分からんね。


「ユリウス様、本当のところはどうなっておりますの?」


 ファビエンヌが俺に聞こえるくらいの小さな声で話しかけて来た。ファビエンヌにはウソをつきたくない。これは観念して話すしかないな。全部イジドルが悪い。そういうことにしておこう。


「あとで話すよ」

「……何となく察しましたわ」


 どうやら察してくれたようである。さすがは俺の嫁。もうすでに以心伝心である。アクセルとキャロが何か言いたそうな顔をしてこちらを見ていたが、それ以上、何も言うことはなかった。あきらめてくれたかな?


 その後は何だか微妙にテンションの高いイジドルが、どのような戦況だったのかをミュラン侯爵に聞いていた。討伐隊からは詳しい情報が伝えられていたらしく、ミュラン侯爵は詳しい話をしてくれた。

 ともかく今は、無事に討伐が終わり、東の辺境が安全になったことを喜ぶことにしよう。

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