第426話 ダブルデート

 翌日、予定通り、ファビエンヌと領都観光と言う名のデートに向かう。二人っきりのデートになるはずだったのだが、そこにはなぜかキャロとアクセルの姿があった。二人とも、俺たちと同じようなお忍びスタイルである。


「えっとこれは……」

「あはは……」


 アクセルがすまなそうに笑っている。こっちも思わず苦笑いだ。もしかしなくても夫人に言われたのだろう。それはまあ良いとして、同じ馬車にする必要はないと思うんだけど……。おかげでダブルデートになってしまった。


「キュ!」

「そうだね、ミラも一緒だね」


 自分もいるぞと手を上げてアピールするミラ。背中の羽が見えないように服を着せ、角が目立たないようにフードをかぶせている。ペットに服を着せるという習慣はないみたいだが、俺がミラの服を作ると、みんながすごい勢いで食いついて来た。

 ペットに服を着せる習慣が流行ったりしないよね? 大丈夫だよね?


「良く似合ってるわよ、ミラちゃん」

「キュ!」


 ミラも気に入っているのか、ファビエンヌの褒め言葉にご満悦のようである。ファビエンヌの膝の上でピョンピョンと跳ね回っていた。ファビエンヌもうれしそうにミラをモフっている。


「大丈夫なのですか? ミラちゃんが熱くないか心配だわ」


 キャロがそう言いながらもミラをモフっている。もう完全にミラは癒やしのペットだな。聖竜の面影はもうゼロである。本人も気にしていないみたいだし、もうそれでもいいか。


「心配はいらないよ。ミラにはコールドクッキーを食べさせているからね」

「コールドクッキー?」


 そう言えば話していなかったな。ハイネ辺境伯家では常備薬のような存在になりつつあるので忘れていた。俺がコールドクッキーの話をすると、自分たちも試してみたいということになった。


「見た目は普通のクッキーね。……味もクッキーだわ」

「うん。クッキーだ。それも上等なクッキー。イジドルが喜びそうだ」

「お菓子じゃないからね。魔法薬だから」

「信じられないな」

「私も信じられないわ」


 まだそこまで熱くないので効果は分からないかも知れないけど、これから日が昇れば分かってもらえると思う。

 俺たちを乗せた馬車は領都の中心部へと向かっていった。ネロは御者席にいる。どうやら昨日のうちに観光名所を調べておいてくれたようで、朝から張り切っていた。


 まずはみんなで時計台に登ることにした。昨日の話ではキャロとアクセルは時計台の下までしか来たことがないみたいだからね。そしてファビエンヌには時計台の上から見えるあの雄大な景色を見てもらいたかった。


「すごいですわ。あんな遠くまで、ずっと森ですわ」

「上に登るとこんな景色が見えたのか。それに近くで見ると、あの鐘、本当にでっかいな」

「久しぶりに上まで来たけど、以前と変わらない景色なので安心しましたわ」


 みんなで最上階からの景色を堪能する。ちょっと怖かったのか、俺の手を握るファビエンヌの手が震えていた。ミラに乗って送り迎えしているときは、精々三階建ての高さくらいだったからね。怖いのも仕方がないか。


「ユリウス様はあちらの方角が気になっているみたいですね」

「そ、そんなことないよ」


 ファビエンヌが俺の視線に気がついたようである。その方向に何か見えるのかと目を凝らして見ていた。ファビエンヌには特に何も見えないはずだ。『千里眼』スキルとかを持っていない限り。


「あっちもこっちと同じ森が広がっているわ。あっちは東の辺境だから、ずっと森が続いているはずよ。……そう言えば、あっちの方向は調査団が向かった場所よね?」


 みんなの視線が同じ方角を見た。そこは昨日俺が雨を降らせた方向である。東の辺境伯の軍勢が片付けたとは思うが、念のため、他に目立つ魔物がいないか確認していたのだ。うん、いないな。これならもう大丈夫だろう。


「もしかしてユリウスには何か見えるのか?」

「いや、何も見えないよ。今頃は調査も終わって安全になったんじゃないかな」

「そうですわね。早くいつものような日々に戻ってくれたら良いのですが……」


 自分の家が治めている領地なだけあって心配なのだろう。ミュラン侯爵夫妻も、俺たちに心配をかけないようにするためなのか、そのことについて話すことはほとんどなかった。東の辺境伯からの知らせが来れば、俺たちにも話があるかな?


 時計台の次は領都のほぼ中央にある噴水広場へと向かった。ここはだれでも自由に訪れることができる、領都で一番の観光名所だそうである。今も多くの人でにぎわっており、少し離れた場所には屋台が連なっていた。観光地の外観を損なわないためなのだろう。


「大きな噴水だね。こんな大きなものは初めて見たよ」

「すごい勢いですわ。何かの魔道具を使っているのでしょうか?」

「多分そうなんじゃないかな? 魔法で管理していたら大変なことになりそうだよ」


 水を使った曲芸のように、様々な形に水が変化している。中央の噴水は常に天へと吹き出しており、女神が担ぐ壺からは止めどなく水が滝のように流れ落ちている。一体、どれだけの水が使われているのか。


「この噴水で使われている魔道具は領都で一番の腕利きの魔道具師が作ったみたいよ。今はもう亡くなられたみたいだけど、魔道具工房は残っているわ」

「もしかして、俺たちが昨日行った魔道具工房は……」


 昨日訪れた工房は大きくて、たくさんの職人さんがいた。でも新しいものを開発しているというよりかは、既存の良く売れるものばかり作っていたような気がする。

 もっと良く見ておけば良かったな。新しい魔道具を作っている人もいたかも知れない。


「どうだった? 腕利きの魔道具師たちばかりだったかしら」

「それが、自分の魔道具を作るのに必死で良く見てなかった」

「うふふ、ユリウスらしいわね」


 キャロがそう言うと、みんなが笑った。そうだよね。俺らしいよね。どうも俺は集中すると周りが見えなくなるタイプのようだ。もうちょっと周囲に気を配るべきだろう。そうじゃないと、せっかくの成長のチャンスを逃してしまうことになる。

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