第425話 今じゃなかった

 昼食を食べ終えて少しだけ領都観光の続きをすると屋敷へと戻った。時刻は大体三時のおやつの時間だ。戻ればみんなでお茶の時間にするつもりである。そのときにファビエンヌへ腕輪を渡そう。そしてデートに誘う。……何だろう。すでにドキドキしてきたぞ。


「ただいま戻りました」

「あら、早かったのね。明日も魔道具工房へ行くのかしら?」


 ミュラン侯爵夫人が帰ってきた俺たちを出迎えてくれた。そして何か勘違いしているようだったので訂正する。どうやら一日ですべての魔道具を作り上げるとは思ってなかったようである。もしかして、またやっちゃった? でも完成したものはしょうがないよね。


「いえ、作りたい魔道具はすべて作ってきましたよ。ネロ、ジャイル、クリストファー」

「はい、こちらに」


 三人が夫人に作りたての魔道具を見せた。目を大きくして口元に扇子を当てる夫人。さすがは侯爵夫人。そんな驚いた様子も可憐である。そうそう、プレゼントがあるんだった。


「これはお世話になっている私からの、ミュラン侯爵家へのプレゼントです。お星様の魔道具なんですけど、ちょっと細工が施してあります」

「えええ! そんな魔道具まで作ってくれたの?」


 ネロが持っていた魔道具を夫人に見せた。その魔道具を何度も見つめる夫人。その目が輝いているところを見ると、どうやら喜んでもらえたようである。良かった。俺たちは夫人に導かれてサロンへと向かった。そしてテーブルの上に魔道具を置く。


「これがシャワーの魔道具になります。こっちは散水器の魔道具。これを使えば薬草園の水やりが楽になります」

「そしてこれが新しいお星様の魔道具なのね。先ほど、細工があると言っていたけど、どんなものなのかしら?」

「これまでのお星様の魔道具と違い、映し出した星空が動くようになっています。それによって色んな星空を楽しむことができますよ」


 納得したかのようにうなずく夫人。その顔は今すぐにも試してみたそうな顔をしている。新しい物が好きなのかな? でもまだ明るいし、カーテンを閉めても難しいんじゃないかな。

 いや、待てよ、元から暗い場所なら大丈夫かも知れない。地下室とか、倉庫とか、書庫とか。うん、書庫は良い考えなんじゃないかな?


「あの、ユリウス様が戻っていらっしゃったと聞いたのですが……」

「ただいま、ファビエンヌ。連絡が遅れてごめんね」

「いえ、良いのです。無事に帰っていらっしゃったみたいで安心しました」


 その場に夫人がいること、テーブルにいくつもの魔道具が置かれていることで大体察したのだろう。ファビエンヌが怒ることはなかった。そのままいつものように俺の隣に座る。告白するなら今しかない。


「ファビエンヌにお土産があるんだ。手を出して」

「こうですか?」


 ファビエンヌの細い腕にみんなで頭を寄せ合って選んだ腕輪をつける。銀色をベースに、ところどころにエメラルドがついている。ツタの装飾が美しい一品だ。お店で聞いた話によると、エメラルドはこの辺りに産出場所があり、品質が良いと有名らしい。


「キレイな腕輪……ありがとうございます」

「それからもう一つ。明日、一緒に領都の観光に行かないか?」


 デートの誘いであることに気がついたのだろう。ファビエンヌの顔が真っ赤になった。俺の顔を見て、イジドルたちが必死にニヤけるのを堪えている。これは俺の顔も真っ赤になっているな。


「も、もちろんですわ。喜んで」


 か細い声でファビエンヌが答えた。まずい、どうしよう。告白するのは今じゃなかったかも知れない。いたたまれなくなっているところに、アクセルとキャロがやって来た。ミラも一緒である。


「キュ、キュ!」


 ミラが俺の胸に飛び込んで来た。ナイス、ミラ。この何とも言えない空気をぶち壊してくれて助かった。ファビエンヌの硬直も解け、ミラをなでた。キャロとアクセルが首をかしげながらあいているイスに座る。


「アクセルくんがユリウスくんくらいに頑張ってくれたらうれしいんだけど」


 夫人の眉が下がっている。何のことか分からないアクセルがますます首をひねっていた。一方のキャロはお星様の魔道具に気がついたようだ。すぐにそれに手を伸ばした。


「これってお星様の魔道具ですわよね?」

「そうよ。ユリウスくんが我が家にプレゼントしてくれたのよ。しかもただのお星様の魔道具じゃなくて、特別仕様みたいなの」


 うれしそうに夫人が説明を始めた。俺もそれに乗っかって説明をする。すぐに試してみたいとなったので、書庫で試しに使って見るのはどうかと提案した。

 俺の案はすぐに採用され、動く星空を披露することになった。


 これにはみんなが喜んでくれた。刻一刻と変わっていく星空は見ていて飽きない。改良型は満天の夜空の星を再現しているので、輝きが半端なかった。ファビエンヌが欲しそうにしていたので、帰ったらプレゼントするのを約束した。抜かりなし。


 みんなでお茶を楽しんだあとは魔道具の設置だ。屋敷のお風呂場にシャワーの魔道具を設置し、薬草園に散水器の魔道具を設置する。これで良し。

 そのまま訓練所へ向かうと、倉庫の一部を改造し、シャワーの魔道具を設置した。もちろん改造は土魔法を使った。あっという間に石造りのシャワールームが完成する。


「いつの間にこんな魔法を……」

「ああ、えっと、冬の間にスノウワームを討伐しに行くことになってさ。そのときに一時拠点を作るために覚えたのさ」

「本当?」


 疑わしげにイジドルがこちらに目を向ける。鋭いな。本当は元から使えて、俺が魔導師たちに教えたんだけど……まあ、言わなきゃバレないか。ネロが無表情になっているが、ツッコミを入れてくることはなかった。さすがはネロ。空気の読める男。

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