第424話 雨
目標地点までの距離をしっかりと確認する。ピンポイントで狙う必要はないが、なるべく範囲は絞った方が良いだろう。このくらいの距離かな?
「ユリウス様、一体何をするおつもりですか?」
「あの燃えている辺りに雨を降らそうかなと思ってさ。薬草園に水をまいたみたいにね」
絶句する四人。あれ? そんなに変なこと言ったつもりはないんだけどな。だれでも思うよね? あの燃えている場所に雨を降らせれば、火が消えるし、延焼も防げるし、一石二鳥だってさ。
「そんなことできるの?」
「え? 雨を降らせるだけだよ?」
あ、みんなの口がパクパクしている。これは使ったらいかんやつだな。でもこれをやった方が、東の辺境伯の軍勢がもっと楽に戦えると思うんだよね。
今一番まずいのは東の辺境伯の軍勢が負けること。そうなれば立て直しに時間がかかるだろうし、その間にビッグエイプたちの勢力が増すことになる。そうなると、再びフォレストウルフが森から外に出没するようになるかも知れない。
「先に言っておくけど、これから起こることはだれにも言わないように。もしだれかに言ったら、ゲロマズの魔法薬を飲ませるからね」
蒼白になる四人。そろって口元に手を当ててコクコクと何度もうなずいた。……そんなに嫌か。俺も嫌だけど、魔法薬を作っている身としてはちょっと複雑な気持ちだ。魔法薬に罪はない。だが脅しの道具としては使える。
黒い煙が立ち上っている方向に手を伸ばす。範囲良し、距離良し。長く雨を降らせると足下が悪くなるので、鎮火するまでの短い時間にしよう。
「スコール」
黒い煙の上空に、突如として黒い雲が出現する。それはすぐに雨を降らせ始めた。ここからでも見えるくらいの雨である。兵士たちがずぶぬれになっちゃったな。無事に火が鎮火したら風魔法を送り込んで乾かしてあげよう。
「まさか……本当に?」
「信じられません……」
イジドルとネロがあっけにとられている横では、ジャイルとクリストファーがひざまずいて俺に祈りをささげていた。やめて。
複雑な気持ちで前方の様子を見ていると、徐々に黒い煙が消えていった。どうやら無事に鎮火したようだ。すぐに手を振って魔法を止める。ついでに先ほどの場所に温風を送り込んで兵士たちを乾かした。たぶんこれで良し。
「ユリウス、無事に火は消えたみたいだね」
「そうだね。これで魔導師も攻撃に参加できるようになったはず。おお、どうやら東の辺境伯の軍勢が親玉に攻撃を集中させているみたいだ。これなら倒すのも時間の問題だな」
「それは良かったです。でも、最後まで見ていないと、戦いの行方が気になりますよね?」
「そうなんだよね。だからと言ってずっとこの場所にいるわけにもいかないしな」
どうしたもんか。もうすぐお昼になるし、ここで食べるとかできるのかな? いや、無理か。こんな高くて何もない、不安定な場所で食事を食べるとか、どんな罰ゲームだよ。
「ねえ、ユリウスが魔法でパパッと倒したら良いんじゃない?」
「それは良い考え……ってバカー! そんな口車には乗らないからね。イジドルが魔法を見たいだけだよね?」
「そ、そんなことないよー?」
棒読みでそう言いながら目をそらすイジドル。ほう、良い度胸をしてるじゃないか。いつの間にそんな腹黒い子になっちゃったのかな? もしかして俺のせい? いや、違う。きっとアクセルの悪い影響を受けたんだ。きっとそう。
「お、どうやら親玉を倒したみたいだぞ。あとは掃討戦だな。これなら間違いなく大丈夫」
「良かった。これでゆっくりと昼食を食べることができますね。領都で食べますか? それとも屋敷へ戻りますか?」
「せっかくだから領都で食べよう」
反対意見はなかった。屋敷には”領都で昼食を食べてくる”と連絡を入れておけば大丈夫だろう。出かけるときにも、昼食までには戻って来いとは言われなかったからね。
屋敷にはアクセルとキャロがいることだし、ファビエンヌが一人で昼食を食べることはないだろう。
でも、何かお土産を買っておいた方が良いかも知れないな。
時計台を下りて騎士たちと合流する。昼食の相談をすると、すぐに手配をしてくれるとのことだった。それまではお土産を買いに行くとしよう。
「ファビエンヌへのお土産は何が良いかな?」
「そうですね、やはりデート券でしょうか? 今日は魔道具工房に行くのが主な目的でしたからね。明日はファビエンヌ様を誘ってデートに行くのが良いかと思います」
真顔でネロがそう言った。うん、間違いないね。デート券と共にキレイな腕輪でもプレゼントしておこう。
ジュエリーショップに入った俺たちは、ありったけのセンスをかき集めてプレゼントを探した。こんなとき、女性の好みに詳しい人がいてくれたら良かったんだけどな。アレックスお兄様みたいな人材が。
昼食は中華風のお店で食べることになった。どうやら領都に進出してきたばかりのお店だそうである。見たまんまの中華料理にちょっと面食らってしまった。これ、どこかの転生者が伝えたものだよね? そのくらいそっくりだった。味もである。
「これはまた……」
「お口に合いませんでしたか?」
「いや、とってもおいしいよ。初めて見る料理だったからさ。こんな料理もあるんだって驚いちゃって」
分かる、分かる、とみんなから同じ返事が返ってきた。目を白黒とさせながらみんなが食べている。これはひょっとすると、どこかに日本料理もあるのかも知れないな。そのうちこの国にも伝わって来るのだろうか? いや、俺が作るという手も……ないな。これで料理もできることになったら、さすがにやり過ぎだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。