第423話 時計台から見る景色
そうやって五人で遊ぼうと思っていたときが俺にもありました。すぐに気がつく計画性の無さ。
「それじゃ、イジドルは領都のことをあまり知らないんだ」
「うん。出かけるときはいつもアクセルとキャロ様と一緒だったからね」
「うーん、ネロ……?」
ネロの眉が下がった。実に申し訳なさそうな表情である。ネロは悪くない。下調べを頼んでいなかった俺が悪いのだ。それにしても、まさかイジドルが知らないとは思っていなかった。俺たちよりも長くミュラン侯爵家に滞在しているはずなのに。
「申し訳ありません。さすがに領都の観光名所の情報までは集めていませんでした」
「いや、良いんだ。下調べを頼まなかった俺が悪い。護衛の騎士に聞いてみるか。何人かミュラン侯爵家の騎士もいるからね」
馬車の窓を開けて騎士を呼んだ。その騎士は魔道具工房まで案内してくれた人物である。話を聞くと、どうやら領都を良く知っている人物のようだった。もしかして、ミュラン侯爵はこうなることを予想していた? 抜け目がなさそうな感じだったので、きっとそうなのだろう。
「大きな時計台があるのか。まずはそこに行ってみよう。大きな歯車とか見られるかも知れない」
「そこには行ったことがあるよ! 大きな鐘が一番上にあるんだ」
イジドルが両手をいっぱいに広げている。そして楽しそうである。これは期待できそうだ。道中、カーテンの間から街を観察したのだが、人通りが多く、活気のある街だった。魔物の騒動で一時的に人通りが減ったのかも知れないが、今はそんな空気を感じることはできない。
馬車で走ることしばし。御者席に通じる前方の窓から、四角い縦長の建物が見えてきた。壁面には大きな時計がある。これはすごい。俺の視線にネロが気がついたようだ。
「見えて来ましたね。この距離からでもその大きさが分かりますね」
「すごいです。五階建ての高さくらいありそうですね」
「あんな大きな時計を作れるんだ」
クリストファーとジャイルがそれを見てぼう然としていた。時計自体、あまり身近なものじゃないからね。それが街中に堂々とたたずんでいたら、そりゃそうなるか。
時計台は人気の観光スポットのようである。多くの人が下から時計を眺めていた。珍しさもあるのかも知れない。
「どうやら中に入れるみたいだね。せっかくだから見学させてもらおう」
「あ、ユリウス、入場料金を取られるみたいだよ」
「そのくらい俺が支払うよ。いやらしい話、お金ならたくさん持ってるからね」
まあ、使い所がないんだけどね。魔法薬の素材は表立って買えないし、買いたい物も特にはない。カインお兄様みたいに剣を集めていればそれなりにお金を使うことになるんだろうけど。
カインお兄様は大丈夫なのかな? どこから剣を買うお金をひねり出しているのだろうか。俺は魔道具の設計図からの利権で定期的な収入があるけどさ。アレックスお兄様は商会からの利益がある。ロザリアもすでに魔道具で収入を得ている。うーん、謎だ。
「良いの? それじゃ遠慮なく。中に入ってみたかったんだよね。前に来たときは外から見学しただけだったからね」
「それで良く時計台の鐘が大きいって分かったね」
「大きさくらいここからでも分かるよ」
イジドルが上を指差した。そこには確かに大きな鐘が天井からつり下がっているのが見える。本当に大きい。鳴るのかな? ちょっと疑問に思って、ミュラン侯爵家の騎士に尋ねてみると、特別なときにしか鳴らないらしい。例えばミュラン侯爵家のだれかが結婚式を挙げるときとかのようである。あとは非常時。こちらはあまり鳴って欲しくないな。
時計台の中は大きな空間と、大きな歯車で構成されていた。巨大な歯車が規則正しく動く様子なんて、なかなか見られるものじゃないな。目を輝かせてみんながそれを見ていた。
男の子って好きだよね、こういうの。俺も大好きだけどさ。
細い階段を慎重に上って行く。なんとこの階段、手すりがないのだ。これは怖い。イジドルとクリストファーが壁にベッタリと、ヤモリのように張り付きながら移動していた。
その格好、歩きにくくない? 逆に危なそうなんだけど大丈夫かな。
時計台の最上階に到着した。案内してくれた係員の話によると、クリストファーが言っていたように、どうやら五階相当の高さがあるそうだ。最上階から見る時計台の周りには、他に同じくらいの高さの建物はなかった。遠くの森まで良く見える。
「ん? なにあれ? 煙?」
「どうしたんだ、イジドル?」
「見てよ、ユリウス! あっちの方角に黒い煙が見えるよ!」
イジドルが指差した方向を見ると、森のはるか奥の方から黒い煙が立ち上っているのが見えた。火事、なのかな。もしかして、森が燃えてる? それはまずい。『探索』スキルをフルパワーにして、そちらの方向だけを遠距離まで探索できるように、指向性を持たせる。
すぐに頭の中に情報が入ってきた。人と魔物と戦っているようだ。
「どうやら東の辺境伯の軍勢と魔物が戦っているみたいだな」
「そんなことまで分かるの? 何で?」
みんなの注目が集まった。しまった。声に出ちゃった。出ちゃったものはしょうがないね。このメンバーなら別に話しても良いか。俺は自分が『探索』スキルを使えることを話した。ガッカリしたのはイジドルだった。
「そっかぁ。スキルかぁ。それじゃ教わることができないね」
「探索魔法があったら良かったのにね。あはは……」
とりあえず笑ってごまかしておいた。魔法はないけど、頑張ればスキルを覚えることはできると思うんだよね。訓練を積むことでスキルを覚えることはロザリアが証明してくれたし、ファビエンヌも得意なことでスキルを習得しつつある。要はやる気と根気の問題である。
「ユリウス様、戦いの行方はどうなっているのですか?」
「うーん、今は東の辺境伯の軍勢が優勢みたいだね。戦っているのはビッグエイプの親玉みたいだね。魔法を使うみたいだ。あの黒い煙は火の魔法を使ったんだと思う。今も軍の魔導師たちが必死に火を消してるみたい」
戦いながら火消しもしなければならない。東の辺境伯の軍勢はそれにかなりの人数を割くことになりそうだ。そうなると、戦力不足に陥るかも知れない。
かと言って戦力を魔物に集中すれば、火が燃え広がる。もしかしてあの魔物はそこまで計算して魔法を使ったのかな?
「ねえ、本当に大丈夫?」
鋭いな、イジドル。間違いなく俺と同じ考えにたどり着いたようである。お互いに魔法使いだからね。魔法は使い方によって戦況に大きな影響を与えることを知っているのだ。
イジドルの言葉に危機感を覚えたようである。他の三人も心配そうに俺を見ている。もう、しょうがないな。
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