第421話 魔道具工房に向かう

 日差しに照らされて、芝生にまいた水が蒸発していく。これで少しは周囲も涼しくなっているはずである。ミュラン侯爵夫妻の顔も穏やかなものになっていた。やっぱり暑かったようだ。


「良いわね、その水着。私にも作ってもらえないかしら?」

「もちろんですよ。お世話になっていますからね」

「あらあら。お世話になっているのはこちらの方よ」


 困ったように眉を下げて、ほほに手を当てる夫人。隣のミュラン侯爵も同じように困ったような顔をしていた。最初はどうなることかと思っていたけど、ミュラン侯爵領に来てみれば、ちょっとしたホームステイのような感覚である。思ったよりも楽しんでいる自分がいた。


 もしかして、ハイネ辺境伯家で窮屈な思いをしている? そんなまさか。

 ひとしきりみんなで楽しんだあとは、全員を風魔法で乾かした。水気を吹き飛ばし、柔らかな風で包み込んで、あっという間に乾かす。


「ユリウス、魔法を教えて欲しいな」

「もちろん構わないよ。明日は魔道具工房に行くから、今からやるか」

「それじゃ、着替えたら訓練場に集合だね!」


 元気良くイジドルが着替えに戻って行った。このあと、ファビエンヌとキャロは夫人と一緒にお茶にするようである。女性だけの話もあることだろう。ファビエンヌにミラを任せて、俺はイジドルに魔法を教えることにしよう。ミラもお菓子を食べられるから文句は言わないはずだ。


 イジドルは俺がハイネ辺境伯領に戻ってからもしっかりと魔法の訓練をしていたようだ。以前よりも魔法を使うのが上手になっている。そのため、少々苦戦はしたものの、その日のうちにシャワーのような魔法と、髪や体を乾かす魔法を習得した。


「イジドルも魔法を使うのが上達したよね。正直に言うと、こんなに早く使えるようになるとは思わなかったよ」

「ありがとう。でも、ユリウスの教え方が上手だからだよ」


 たとえそうだとしても、イジドルの日頃からのたゆまぬ努力がなければ一日で覚えるのは無理だったことだろう。その後はアクセルたちが模擬戦をしたいと言ってきたが、また汗をかきたくなかったのでやめておいた。


 やっぱりシャワーの魔道具は必要だな。お風呂場だけでなく、訓練場にも設置したい。そんなことを言うと、倉庫の片隅を改良してシャワールームにすることになった。

 改造するのは俺なのだが、魔法を使えばすぐにできる。問題ない。


 夕食が終わり部屋に戻ると注文しておいた魔道具作成セットが届けられていた。すぐにそれを抱えて調合室へ行くと、例の箱に魔法陣を刻み、魔石をセットした。これでこの箱は保存容器の魔道具として使うことができる。


 品質の悪い素材がいくつも入っているが、残っているのはそれなりに貴重な素材ばかりなんだよね。もったいなくて捨てられない。レオンくんが使うかも知れないのでそのままにしておこう。


 翌日、俺は魔道具工房へと向かった。ファビエンヌは屋敷に残って魔法薬の続きを作るようである。念のため薬草園に行くと、ほんの少しだけ勢いよく生えている薬草があったので回収しておいた。


 魔道具工房へ向かうのは俺とネロ、ジャイルとクリストファー、そしてイジドルである。ミラは今日もキャロと庭を散歩するようである。そしてどうやら、その散歩にはアクセルも加わるようだ。そのため、いじけたイジドルがこちらについてきた。


「イジドル、元気出しなよ。きっとイジドルにも良い出会いがあるさ」

「う、それ、慰めてる?」


 半眼でイジドルがこちらを見た。そうだよね、俺にはファビエンヌという超かわいい婚約者がいるもんね。嫌みに聞こえてしまったかも知れない。でも、憂鬱そうな顔をしているイジドルも悪いと思う。


「俺たち平民は自力で見つけないといけないからな。もうそこは運命を神様に任せるしかないのかも知れない」

「それじゃボクたちは学園に通うまでは無理そうだね」


 すでにあきらめモードに入っているジャイルとクリストファー。確かに学園に通えば、同年代の異性と出会うチャンスは多くなるだろう。そこでどのくらいの人が恋人を見つけられるのかは分からないけどね。


「学園かぁ。ユリウスは王都の学園には入学しないんだよね?」

「そうだよ。領都の学園に入学する」

「はぁ。ボクもそっちに行こうかな……」


 どうしたイジドル。何だか随分と弱気になっているぞ。そう言えばイジドルはちょっと人見知りなところがあったな。王都にいたときも、今も、普通に接しているから忘れかけていた。


 でも王都の学園に行けば、アクセルとキャロとは一緒になると思うんだけどな。ああ、専攻する部門が違うのか。アクセルは騎士部門、イジドルは魔法部門に行くだろうからね。キャロは魔法部門なのかな? 俺は魔法薬師部門に行くから、結局離れ離れになると思うんだけど。


「ユリウス様、魔道具工房に到着しましたよ」


 ネロが声をかけてきた。馬車の窓から外を見ると、無骨な石を積み重ねた建物が目の前にあった。三階建ての建物で、随分と古くから建っているようだ。その証拠に、左右の建物は比較的新しく、平面の壁に大きな窓がついていた。何の店かは分からないが、ショーウインドーのようになっているみたいだ。


 このタイプのお店はまだまだ少ない。たぶん、今の最先端のスタイルなのだろう。これまでは店の前に置いてあるのが一般的だった。


 さすがは東の流通の要所。最先端の流行も取り入れられているようだ。領都に戻ったら、アレックスお兄様に相談してみようかな? ハイネ商会で採用されれば、きっと注目を集めることができるはずだ。

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