第420話 みんなで水浴び
俺とネロがせっせと採取していると、それを見かねたのか、ファビエンヌのキャロも手伝ってくれた。キャロは初めての薬草採取に、ちょっと楽しそうである。でもね、キャロ。この状況、普通じゃないんだ。
モッサリと生えた薬草の葉を、上から順にちぎり取っていく。森に生えている普通の薬草はこうはならない。根元からむしったら終わりである。これはあとでしっかりと教えておかないといけないな。
薬草の採取が終わったら次は毒消草だ。最後に魔力草だが、これは苗を増やしたかったので控えめに採取しておく。それでもなかなかの量になった。カゴには雑草を抜いたかのように素材が無造作に積まれている。
「これだけあればしばらくは困らないね」
「はい。戻ったらさっそく魔法薬を作らないといけませんわね」
楽しそうな顔をするファビエンヌ。本当に魔法薬作りが好きなようである。良かった、無理やり俺がやらせているみたいになっていなくて。キャロも興味が出てきたのか、摘み取った薬草をジッと見つめていた。
「ねえ、ユリウス、薬草園で使った植物栄養剤を花壇にまいたら、たくさんお花が咲くと思わない?」
「やってみる? とんでもないことになると思うけど」
「やっぱりやめておくわ」
俺が笑顔を浮かべると、ほほを少しだけ引きつらせたキャロがすぐに手のひらを返した。それが賢明だろう。明日になったら”庭園がジャングルになってました”じゃあシャレにならんからね。
株分けした魔力草の苗を追加で植える。これでしばらくは問題ないだろう。あとはもうすぐミュラン侯爵家に帰って来るレオンくんの腕前次第だな。この薬草園で足りなくなったときは拡張してもらおう。
屋敷に戻ったらまずは保存容器を作らないといけないな。さすがにこの量の素材を一日で使い切るのは難しい。こんなことならあらかじめ魔導インクと魔石を準備してもらっておけば良かった。
調合室に着くとすぐに必要なものを注文しておいた。道具がそろうまでは魔法薬を作ることに専念しよう。キャロはそのまま庭を散策するようだったので、ミラを預けておいた。お互いにすごく喜んでたな。ミラにとってキャロは母親のような存在なのかも知れない。
ある程度、魔法薬を作ったところで水着作りを再開した。残りはファビエンヌに作ってもらう。このペースだと午前中には水着が完成するだろう。念のため試着してもらう必要があるからね。早めに完成させた方が良いに決まっている。
お昼は全員が集合した。騎士団に行っていた組は午前中、みっちりと鍛錬をしたらしい。ちょっとグッタリしていた。シャワーの魔道具がないのでしっかりと汗を流せなかったのだろう。ちょっと不快そうである。早く作ってあげないとな。
「ユリウスちゃん、ようやく魔道具工房からお返事が来たわ。いつでも良いそうよ」
「ありがとうございます、ミュラン侯爵夫人。それではさっそく、明日の午前中に向かおうと思います」
「明日までお預けか。何だかシャワーの魔道具が恋しくなってきた」
アクセルのつぶやきにみんなが笑う。そうだ、そんなアクセルに良いものがあるんだった。俺はみんなに水着が完成したことを話した。そして見事にアクセルが食いついた。
「水着を着れば水浴びができるな」
「俺が魔法でちょうど良い温度の水を出してあげるよ」
「それならボクも水浴びしたいかな?」
イジドルも恋しかったようである。実家で使ってるもんね。どうやら便利な魔道具だと認識してくれているようだ。ありがたいね。
パチンと手をたたいたキャロが身を乗り出してきた。
「それじゃ、みんなで水着に着替えて水浴びするのはどうかしら? お庭にちょうど良さそうな場所があるの」
「どんな場所なの?」
「芝生だけが生えている、気持ち良い場所があるのよ。ね、ミラちゃん」
「キュ!」
ミラが手を上げる。どうやらその芝生でキャロと遊んだようだ。ちょっと体が汚れていたので、かけっこでもしていたのかな? 広めの芝生があるならそこが良いかも知れない。訓練場を水浸しにするわけにはいかないからね。
「良い考えね。私も見学させてもらっても良いかしら?」
夫人が俺に目を向けた。俺はみんなに目を向ける。首を横に振る者はいない。問題ないということだろう。何だか分からないけど、いつの間にか俺が親玉みたいになってるな。良いんだか、悪いんだか。ここは家主の娘のキャロが引っ張るべきだろうと思うのだが、弱気なキャロには難しいか。
「ええ、もちろんですよ。水を周囲にまくことになるので、少しは涼しくなると思います」
「最近、暑くなって来たものね。その水着が良いものだったら、私にも作ってもらおうかしら?」
思わずギョッとして夫人の胸元を見てしまった。……うん、つつましやかだな。なるほど、キャロとヒルダ様は夫人に似たのか。どのように返事をしたら良いのか分からなかったので、あいまいな笑顔を返しておいた。
水着に着替え、ミラの先導で芝生のある場所までやって来た。ミュラン侯爵家の庭にこんな場所があったとは。これは水浴びするのにちょうど良いな。水はけも良さそうである。日焼けしないようにファビエンヌの肌に日焼け止めクリームを塗っていると、アクセルたちもやって来た。こちらはキャロが先導していた。
「水着の着心地はどうかな?」
「初めての感触だ。水着って伸びるんだな」
「ピッタリだったよ」
「ちょっと恥ずかしいですわ」
キャロの水着もファビエンヌと同じくスクール水着タイプである。それでも恥ずかしいようだ。まあ、太ももがあらわになってるもんね。でも、全身が隠れるような水着だとあまり意味がないよなぁ。
「キャロさん、日焼け止めクリームを塗りますわ」
「日焼け止めクリーム?」
「これを塗れば日焼けしなくなるのよ」
「そんな便利なものがあるのね」
「ユリウス様が作り方を教えて下さいましたわ」
ファビエンヌが自慢げにキャロに日焼け止めクリームを塗っている間に、こちらはこちらで涼しくなっておこう。アクセルとイジドルを立たせて魔法を使う。ぬるめの水がシャワーのように二人へ降り注ぐ。
「うおお! これだ、これ」
「気持ち良い! やっぱりこの季節は体を拭くだけじゃダメだね」
「ほら、ネロも入って、入って」
「それでは失礼して」
遠慮するネロを無理やり輪の中に入れる。もちろん俺も入る。日焼け止めクリームを塗り終えたファビエンヌとキャロもやって来た。
「すごい! こんなの初めてよ」
「キュ!」
「ユリウス様は本当に魔法がお上手ですよね」
キャロとミラが飛び跳ねて喜んでいる。庭で水浴びなんて、普通の貴族はやらないだろうからね。新鮮な体験になったと思う。ファビエンヌも気持ち良さそうにしている。
「あらあら、随分と楽しそうね」
夫人もやって来た。良く見ると、ミュラン侯爵も一緒に来ていた。俺たちが騒いでいるのが気になったのもあるだろうし、暑かったこともあるのだろう。
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