第419話 ちょっとしたハプニング

 今から急いでやれば、夕食の前に森で採取してきた苗を植えることができる。一人でササッとやってしまっても良かったのだが、ファビエンヌも一緒にやりたいと思っているかも知れない。俺は急いで部屋へと戻った。


「ファビエンヌ、戻って来てる?」

「え?」

「キュ?」

「キャッ!」


 悲鳴を上げそうになったファビエンヌが自分の口を押さえた。ここで悲鳴を上げたら他の人がやって来る。さすがにそれはまずいと思ったようだ。俺はネロと共に急いで部屋を出た。なんで下着姿なんだ?


「どういうことだと思う?」

「恐らくドレスに着替えていたのでしょう」

「同じ部屋だとこんな問題があるのね。ノックしなかった俺が悪いけど……」


 ガチャリ。バスローブを身につけたファビエンヌが顔をのぞかせた。これはこれで何だかエッチな気がする。思わずまじまじとファビエンヌの顔を見てしまった。


「あの……」

「ご、ごめん、ファビエンヌ。そんなつもりはなかったんだ」

「分かっておりますわ。何かお急ぎなのでしょう?」

「そうだった。これから薬草園に苗を植えようと思ってさ、ファビエンヌもどうかと思って呼びに来たんだ」

「あら、そうでしたのね。それなら着替えを待てば良かったですわ」


 残念そうに眉を下げるファビエンヌ。今から着替えるのは無理そうだな。ファビエンヌには申し訳ないけど、また今度の機会に教えることにしよう。ファビエンヌにそう告げてから庭へと向かう。ランプの魔道具はないが魔法で代用すれば問題ない。


 薬草園に到着すると、そこにはすでに苗が置いてあった。たぶんライオネルたちが置いてくれたのだろう。しかしまさかこの時間から作業をするとは思っていなかったようで、近くにだれの姿もなかった。


「よし、さっそく始めよう」

「お手伝いします」


 ネロと一緒に苗を植える。『栽培』スキルがあるのであっという間である。森で採取できた数もそれほど多くはなかったのですぐに終わった。あとはそこに植物栄養剤と魔法で生み出した水をまいておく。


「これで良し。明日にはそれなりに育っているはずだぞ」

「大丈夫ですよね? 明日になったら皆さんに驚かれたりはしませんよね?」

「植物栄養剤はかなり薄めてあるから大丈夫、なはず」


 俺の頼りない返答にネロが眉を寄せていた。実際に使うのはこれが初めてなので、どうなるかは俺にも分からん。あとは野となれ山となれだ。結果は神のみぞ知る。作業を終えた俺はすぐに部屋に戻った。俺たちも着替えないとね。

 今度はちゃんとノックする。すぐに返事が返ってきてドアが開いた。


「お帰りなさいませ。もう終わったのですか?」

「ただいま、ファビエンヌ。そんなに数がなかったからね。植物栄養剤もまいてきたよ」

「それでは明日が楽しみですわね」


 うれしそうにファビエンヌが笑う。俺もうれしい。でもファビエンヌは”一瞬で木が生えちゃったよ事件”のことは知っていても、実際に目の当たりにしたことはないんだよね。何も問題なければ良いんだけど。


 その後は夕食の時間までみんなの水着を作っていた。キャロの水着を作っているときのファビエンヌの表情が印象的だった。別にやましいことはないのに。


 夕食ではミュラン侯爵に森での出来事が伝わっていたらしく、改めて謝罪されてしまった。行きたいと言ったのは俺である。だから自分にも問題があると言ったのだが、そんなことはないの一点張りだった。


 何だかすごく気をつかわせてしまっているような気がするな。その分、しっかりとやるべきことをやって返さないといけないな。魔法薬作りに魔道具作成、弟子への教育。できることはたくさんあるのだ。


 その日の夜、ミラを抱きかかえたファビエンヌがスッと俺のベッドに潜り込んできた。どうやら昼間の魔物の襲撃で弱気になっているようだ。トラウマにならないように、魔物を遠くで、かつ、素早く倒したつもりだけど、それでもショックだったみたいだ。


 ファビエンヌをなでてあげるとギュッとしがみついて来た。間に挟まれたミラはとてもうれしそうだった。ミラがいなければ……これ以上考えると眠れなくなりそうなのでやめておこう。


 翌日、朝食を食べると薬草園に向かった。ジャイルとクリストファー、アクセル、イジドルは訓練場へ行くみたいだ。昨日の出来事を受けて、もっと鍛えなければならないと思ったのかも知れない。みんなに足りないのは実戦経験だろうからね。色んな人と戦って、そこを埋めてもらいたいと思っている。


 ビッグエイプの情報は東の辺境伯と共有してくれるそうだ。これが森の異変解決の糸口になってくれると良いんだけど。

 薬草園に向かうのは俺たちとキャロである。その道すがら、キャロに昨日のうちに苗を植えておいたことを話した。


「まさかあれから苗を植えていたとは思いませんでしたわ」

「そのままだと鮮度が落ちる一方だからね。せっかく採取してきたのに、無駄になったらみんなに申し訳ないだろう?」

「それはそうだけど……何あれ……」


 キャロの足が止まる。キャロの指差した方向を見て、俺たちも足を止めた。ただ一人、ミラだけはキャッキャと言ってそれに向かって走って行った。

 そこにはこんもりとした何かが生えていた。葉っぱを見た限りでは薬草と毒消草と魔力草みたいなんだよね。アハハ。


「いやー、元気良く育ったみたいだね」

「ユリウス様、さすがにそれでごまかすのは無理があると思いますわ」


 ファビエンヌがほほに手を当てて目を細めた。口元に笑みはあるが、その眉はものすごく垂れ下がっている。これはものすごく困っている顔だな。俺も困っている。これは早いところ、証拠をもみ消さなければ。


「ユリウス……」

「よし、急いで収穫するぞー。これでたくさん魔法薬を作ることができるね!」

「ファビエンヌさん、何をどうしたらこうなるのかしら?」

「あ、えっと、植物栄養剤も一緒にまいたみたいなのよ」

「それでこんなことに……」


 後ろで話す二人は置いておいて、ネロと一緒に急いで素材を収穫した。希釈が足りなかったか。ふっ、できる魔法薬師はつらいぜ。

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