第403話 周辺の状況
冒険者ギルドに情報収集に向かっていた騎士が戻ってきた。その顔はちょっと曇り気味である。これはあまり良くない話があるようだな。でも、聞かなければならない。何か対策が必要なら、すぐに取りかかる必要があるからね。
「どうだった? 遠慮は要らないよ」
努めて明るく、そう言った。ファビエンヌの顔も曇っている。心配なのだろう。その場にいた全員の視線が騎士に集まった。相変わらず暗い顔をしていた騎士だったが、見聞きしたことを話してくれた。
「どうやらこの辺りに薬草類はないみたいです。何でも、薬草の採取依頼がギルドから大量に張り出されたそうです。どうしても欲しいのなら、森の奥地へ行くしかないという話でした」
「どの辺りから魔境になっているの?」
「それについては私から」
ライオネルがコホンと咳をした。どうやら俺たちの安全確保のために、魔境とそこに生息する魔物について、調べておいてくれたようである。その話によると、どうやらこの一帯はすべて魔境らしい。
それを聞いて思わず声を上げると、魔境ではあるのだが、魔物がほとんど生息しない魔境なのだそうである。
「魔物が少ない魔境か。そんな場所があるんだ」
「そのようです。我々が良く知る魔境なら、定期的に大規模な討伐隊を送らなければなりませんが、この辺りはそこまでする必要がなかったそうです」
「冒険者に依頼するくらいで良かったというわけか」
それが今回の魔物の氾濫による被害を大きくした原因だったのだろう。完全な油断だな。冒険者があまり訪れない魔境の奥地で、着々と魔物が増えていたのだろう。地図を見た限り、この辺りはずっと豊かな森が広がっているみたいだからね。
もっとも、この地図も、もう当てにならないかも知れないけどね。
「これは困ったな。討伐隊によってこの辺りの魔物は倒されたみたいだけど、まだ奥地には魔物が潜んでいるかも知れないということか。それに薬草も手に入らない。この感じだと、ミュラン侯爵領に行っても薬草がないかも知れないな」
「ミュラン侯爵家が薬草を確保してくれていたら良いのですが……」
「うーん、ライオネル、それはそれで微妙だと思うぞ? なんたって、採取した薬草はどんどん質が悪くなるからね。やっぱり摘み立てが一番だよ」
すでに採取済みの薬草を持って来られても、質の高い回復薬は作れないだろう。魔法薬になってしまえばそれなりに保存が利くんだけどね。ミュラン侯爵家に氷室があれば話は別なんだけど……あるかな?
周辺の状況をあるていど把握した俺たちは、しっかりと休息をとってからミュラン侯爵領へと向かった。この辺り一帯が魔境と分かったので、警備は強化されている。その分、進む速度は遅くなっている。
周囲の索敵は俺がするから、遠慮なく進んで良いよと言いたいところだが、それをすると騎士団の立つ瀬がないのでやめておく。うん、上に立つって大変。胃薬が欲しくなる。
道は相変わらずガタガタだったり、かと思えばキレイだったりである。どうやら被害を受けた場所には濃淡があるようだ。
「ん? ライオネル、この先に村があるだろう? 魔物が襲っているみたいだ。急いで向かってくれ!」
「何ですと? そうなればこの辺りも危険かも知れません。ユリウス様たちを置いて行くわけには……」
「大丈夫! この辺りには魔物がいないから。万が一襲われても俺が返り討ちにするよ。それとも、俺が向かった方が良い?」
ライオネルの目と口がわずかに開く。ニヤリと笑いかけると、すぐに前方の騎士を数名向かわせた。
さいわいなことに魔物の数は少ない。だが、ただの村人が相手にするには荷が重いだろう。
「俺たちも全速前進だ。進め! あ、でも全力で進むと馬車の揺れが激しくてファビエンヌのお尻が痛くなっちゃうね。二つに割れた困るし……」
「何を困っているのですか。人の命がかかっておりますのよ。それにもう二つに割れています」
心配そうな顔になったファビエンヌを何とかしようと思って言ったのだが、今度は目がつり上がっている。これなら大丈夫そうかな? 馬車の隣を走っているネロとジャイルとクリストファーを中へ呼び込む。
「どうされたのですか?」
「うん。馬車の速度を上げようと思ってね。さすがに子供の体力じゃ、騎士には勝てないからね。フライ」
馬車がフワリと浮かぶ。その浮遊感に驚いたファビエンヌが俺の腕にしがみついて来た。腕に幸せを感じる間もなく質問が飛んできた。前に座った三人も目を白黒とさせている。唯一、何が起こったのかが分かるミラだけが、俺の膝の上で大人しくしていた。
「ユリウス様、また何かやりましたわね」
「ああ、ほら、速度を上げると馬車の揺れがひどくなるだろう? だから馬車ごと……」
「ユリウス様、どうなっているのですか! 馬車が、馬車が浮いておりますぞ!」
血相を変えたライオネルが窓越しに迫ってきた。ライオネルの声に気がついたのか、騎士たちもざわついている。まずい、バレないようにちょっとだけ浮かせたつもりが、一目で分かるくらいに浮いているようだ。見えないから調節が難しいな。
「これなら揺れないだろう? 馬の負荷も少ないはずだ。ほら、止まってないで進め」
俺の号令にハイネ辺境伯家の一団が全速前進で進んだ。明らかに先ほどよりも速い。これなら村まですぐに到着できるぞ。
「ユリウス様、分かっていらっしゃるとは思いますが、このような魔法は初めて見ましたわ」
「そうなの? 飛行魔法が使えると便利だよ。あはは……」
「ユリウス様は自分の力で空を飛べましたのね。道理でミラちゃんの背中に乗っても平然としていたわけですわ」
ファビエンヌがちょっとあきれた表情を見せている。ううう、ファビエンヌのことを思ってやったのに、もしかしてマイナスポイントになっちゃった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。