第404話 ミュラン侯爵家

 速度を上げた馬車はすぐに村へと到着した。騎士たちはまだ村の近くで戦っているようだ。馬車を村の中に止めると、すぐに指示を出す。


「ライオネル、こっちは大丈夫だ。すぐに援護に行ってやれ」

「承知いたしました。お前たち、あとは任せたぞ」

「ハッ! この命に代えてもお守りいたします!」


 うーん、騎士の決意が重い。でもこれが普通なんだろうな。慣れるかな? 騒ぎが大きな方へと向かうライオネルたちを見ながら、馬車から降りる。それをネロが止めた。


「ユリウス様、何をなさるおつもりですか。馬車から降りてはいけません」

「大丈夫。騒ぎの方へ行くつもりはないから。魔法薬を準備しようと思ってさ。ケガ人が出ているかも知れないからね」

「私も手伝いますわ」

「キュ!」


 ファビエンヌとミラも手伝ってくれるようである。それを聞いたネロたちも一緒に下りて来て手伝ってくれた。準備をしている間に、向こうは片付いたようである。ライオネルたちが戻って来た。


「ユリウス様、この村を襲ってきた魔物はすべて退治いたしました」

「ご苦労様。魔物の種類は?」

「フォレストウルフです」

「フォレストウルフか。ちょっと厄介だな。村人には荷が重いかも知れない」

「そうなのですか?」


 ファビエンヌが心配そうに眉をゆがめている。魔物のことは良く知らないのだろう。他の三人は分かっているようであり、顔を引き締めていた。フォレストウルフはゴブリンよりも厄介な魔物である。


「ゴブリンは武器を使うけど、動きはそこまで速くはないんだ。でもフォレストウルフは動きが素早くてね。それに仲間と連携して攻撃して来るんだよ。一人で複数体を相手にする場合は厄介だよ」

「ユリウス様は良くご存じなのですね」

「ま、まあね。本で読んだんだよ」


 尊敬のまなざしをファビエンヌがこちらへ向ける。まさかゲームのチュートリアルで習いましたとは言えず、曖昧な笑顔を返しておく。ネロとジャイル、クリストファーも先ほど俺が言ったことを知っているようで、うんうんとうなずいていた。


「ライオネル、ケガ人が出てると思うんだ。そのケガ人に魔法薬を配る。調べてきて欲しい」

「分かりました。すぐに」


 そう言って再びライオネルたちが去って行く。随分と騎士たちを右往左往させてしまったな。これが片付いたらしっかりと休息を取らせよう。

 いつでも魔法薬を配ることができる体制が整ったところでみんなが戻ってきた。どうやら魔法薬が必要なケガ人は数人だったようだ。すぐに魔法薬を持って行ってもらった。


「ユリウス様、村長がお礼を言いたいとのことです」

「俺に? ライオネルたちじゃなくて?」

「そうです。我らに指示を出したのも、魔法薬を配ることに決めたのも、ユリウス様ではないですか」


 そうかも知れないけど、実働したのはライオネルたちなんだよね。俺と言えば、馬車を浮かせたり、配る魔法薬を準備したりしただけである。お礼を言われて良いものか。そう思っていると、向こうから騎士たちに連れられて白いヒゲを生やした人物がやって来た。


「この村の村長です。助けていただき、ありがとうございました。それに貴重な魔法薬までいただいてしまって、何とお礼を言ったら良いか」

「気にしないで下さい。使った魔法薬の本数はそれほどでもないですから。それよりも、そんなに魔法薬が貴重なのですか?」

「ええ、それはもう。魔物の氾濫があってからはますます魔法薬が手に入らなくなりました。村の周辺に生えていた薬草も、根こそぎ冒険者たちが採取していきました」


 きっとこの辺りにも薬草が生えていたんだろうな。薬草はそのままでも傷を治す効果があるからね。これまでは少々の傷ならその辺に生えている薬草を使って治していたのだろう。


 これは思っている以上に魔法薬が不足しているのかも知れないな。それだけ被害が広範囲に広がっていると言うことだろう。その辺りのことが、お父様がもらった手紙に書いてあったかどうかは不明だけどね。


 村長にお願いして、今日はこの村に泊めてもらうことにした。食事は村が提供してくれるそうである。村人たちからのお礼らしい。せっかくなので、遠慮なくごちそうになることにした。


「ユリウス様が提供した魔法薬が話題になっているみたいです」


 村の情報収集へ向かっていたライオネルが、戻って来て早々、そう言った。よくよく話を聞いてみると、あんなに飲みやすい魔法薬は初めてだと言われたらしい。

 うーん、どうやら俺が公開した作り方で作られた初級回復薬は、まだまだ国中に行き渡っていないようである。


「もしかして、ミュラン侯爵領では旧式の初級回復薬をまだ使っているのかな?」

「そうかも知れません」

「王都ではどうなんだろう? ちょっと気になってきた。帰りに王都へ寄ったときに調べてみようかな」


 さすがに王都では広まっているだろう。王宮魔法薬師たちが頑張っているだろうからね。やっぱり地方まで作り方が広がるのは時間がかかるか。今回、ミュラン侯爵家に呼ばれたのはその当たりもあるのかも知れない。ミュラン侯爵領で新しい魔法薬の作り方を広げて欲しいと言うことなのだろう。


 翌日、村をあとにして先を急いだ。予定よりもちょっと遅くなっているのだ。もしかすると、ミュラン侯爵をやきもきさせてしまっているかも知れない。旅を急ぐためにも、馬車を少しだけ浮かせて進んでいる。


 今度はしっかりと調整したので、パッと見ただけでは馬車が浮いているとは分からない。ファビエンヌは口に出さなかったがよろこんでいると思う。馬車の振動がほぼなくなってからはご機嫌である。

 お尻も痛くならないので、俺も揺れない方が良い。


 そうしてようやくミュラン侯爵領へと到着した。そこは東の流通の要であるのだが、領地はそれほど広くないらしい。領内にある街は少ないが、それでも税収が相当あり、裕福だそうである。


「ユリウス様、ミュラン侯爵家が見えてきましたぞ」


 ライオネルが見る先には白亜の屋敷があった。その美しさに思わず俺たちは声を上げた。あれがキャロの実家か。大きいし、とてもキレイだ。王族の別荘だと言われても疑うことはないだろう。

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