第392話 雨の日も大丈夫

 ロザリアがミラとリーリエを連れてどこかへ行くのを見届けたあと、俺たちは調合室へ戻ることにした。思ったよりも休憩できなかったけど、ファビエンヌは大丈夫かな?


「ファビエンヌ、もう少し休憩してから調合室へ戻ろうか?」

「いえ、大丈夫ですわ。ロザリアちゃんが魔道具を完成させているのを見て、私も負けられないと思いましたわ」

「それじゃ、調合室へ行くとしよう」


 どうやら俺が思っている以上にファビエンヌは負けん気が強いようだ。いや、もしかすると、俺に気をつかっているのかな? ファビエンヌは優しい娘だからね。俺としてはもうちょっと自分を出しても良いと思うんだけど。


 調合室に到着するとすぐにはっ水剤を塗布した素材の確認を行った。どれもしっかりと乾燥しているようである。これなら問題なく試験することができそうだ。ネロに頼んで使用人を何人か連れて来てもらい、実験素材を庭へ運んでもらった。


「ユリウス様、どうやって試験をしましょうか?」

「水場から水を運んでくるのは大変だし……そうだ、雨を降らそう。雨が降る範囲を限定すれば大丈夫でしょ」

「はい?」


 あ、ファビエンヌの目と口がまん丸になってる。驚いた顔もかわいいのは反則だと思う。そしてその反応で雨を降らせるのがまずいということも分かった。どうしよう。ネロの目も梅雨時期の湿気のようにジットリとしたものに変わっている。あの目は「また何かやらかすつもりだ」の目である。


「やっぱり雨を降らせるのはまずいよね。それじゃ、散水器の魔道具を使うことにしよう」

「それが良いですわ」

「すぐに持って来ます」


 ネロが急ぎ足で屋敷の中へと戻って行った。たぶん、散水器を取りに行ってくれたのだろう。それにしても、そんなにまずかったかな。


「雨を降らせるのはまずかった?」

「……そんな魔法があるというお話は聞いたことがありませんわ。ユリウス様は、その、雨を降らせることができるのですよね?」

「……うん」


 痛いほどの沈黙の時間が流れた。やらなくて良かった。また一つ、ハイネ辺境伯家に伝説を残すところだった。天気を変える魔法をそう簡単に使ってはならない。勉強になった。

 そうこうしている間にネロが散水器を持って来てくれた。かなり急いだようで息切れしている。


「ネロ、大丈夫?」

「大丈夫、です。それよりも、魔法、使ってませんよね?」

「大丈夫だから。ファビエンヌが止めてくれたから」


 それを聞いたネロの顔はとても安らかだった。……なんか俺、信用されてない感じ? 複雑な気持ちになりながらも散水器を地面に設置する。その可動範囲内に実験素材を置くと、魔道具を起動した。


 クルクルと散水器が回転し、雨のように水をまき散らしていく。今日みたいに天気が良い日はこうやって水をまくと涼しい気持ちになれるな。ファビエンヌもネロも「生き返るわ~」みたいな安らかな顔になっている。


「うーん、遠目では分からないな」

「そうですわね。近くで見られたら良かったのですけどね」


 一度装置を止めてから確認する。どうやらどれも問題なく水をはじいているようだった。

 はっ水効果は問題なさそうだな。あとは実際に身につけてみて、不快な感じにならないかだな。こればかりは自分で実験するしかないな。


「よし、次は実際にこれを着て試そう」

「ユリウス様、それなら私がやりますよ」

「ネロばかりに負担をかけるのは申し訳ないからね」

「そんなことはありません。ユリウス様がずぶぬれになっていたら、私が怒られます」


 ネロがかたくなに首を縦に振らなかったので任せることにした。ファビエンヌも沈黙を貫いている。たぶん俺がやろうとしていたことはアウトなのだろう。でも発案者としては、自分で試してみたいんだよね。


 はっ水素材を身につけたネロに水をかけるという作業をしていると、ロザリアたちがやって来た。あまり良いタイミングじゃあないね。しかもお母様付きだ。


「お兄様、何をやっているのですか?」

「ユリウス、あなた……」

「ち、違いますからね? 今は新素材の試験をしているところです」

「ふーん?」


 あ、お母様が全然信じていないような棒読みの「ふーん」を言った。これはきちんと説明しないと誤解されるやつだな。すぐにネロを呼び戻して何をやっているのかを説明した。

 お母様ははっ水素材に興味を持ったらしく、まじまじと水をはじいている様子を観察していた。


「面白いわね。これなら急な雨が降ったときにもぬれなくてすみそうだわ。できれば簡単に羽織ることができるマント型が良いわね」

「なるほど、そっちの方が良かったですか」


 つい昔の感覚に引きずられて、羽織るタイプではなく、着るタイプのレインコートにしていた。最初から雨が降るのを前提にしたものではなくて、緊急時に使えるようにするのも大事だな。


 売りに出すなら着るタイプと羽織るタイプの二種類にしよう。はっ水剤を売りに出しても良いけど、思わぬところで使われると困る。それなら、はっ水剤を塗布した完成品を売りに出した方が、こちらもコントロールをしやすいだろう。本当に売りに出すかは別として。


「お母様、売れると思いますか?」

「売れるわよ。特に貴族は買うんじゃないかしら? 雨に降られて服が台無しになるよりはずっと良いもの」

「ネロはどう思う?」

「この動きやすい形のものなら、外で作業する人たちが欲しがるのではないでしょうか? ただ、少し蒸れるのが気になりますね。それにやっぱり中が暑くなりますね」

「なるほど」


 雨にはぬれないけど服の中は汗でビショビショになりそうだな。それなら雨にぬれるのとあまり変わらないか。作業用として使うのは難しいかな? それなら貴族用に用途を絞るか。それなら生産する数も少なくてすむからね。


「夕食の時間にでもアレックスお兄様に相談してみますね」

「それが良いわね。完成したら私も一つ欲しいわ」

「もちろんですよ。みんなの分を用意するつもりです」


 俺の発言にロザリアとミラも喜んでいる。これで雨の日でも外に出かけられると思っているのだろう。これは蒸れ対策も何とかしたいところだな。

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