第383話 危険な素材

 温室に設置する魔道具などの話を聞いたお父様とアレックスお兄様が考え込んでいる。あまりイメージができなかったかな? 俺とロザリアは魔道具について、常日頃からあーだ、こーだ、と話しているので違和感はない。だが、そうでない人にとっては、どうしてそんな発想ができるのか不思議に思うのかも知れない。


「随分と色んな魔道具を設置するのね。魔石をたくさん消費しそうだわ」

「それについてですが、例の魔力を補充できる魔晶石を使えないかなと思っています。一日の終わりに残りの魔力をそそぐようにすれば、魔石の消費量を抑えることができるかなと思いまして……」


 恐る恐るお母様の反応を見る。あの日以来、あの魔晶石は取り上げられたままである。非常に実用的なものなので、そろそろ有効活用したいところである。


「なるほど、アレを使うか。だが、一つですべてをまかなうのは無理だろう?」

「そうですね。通常使う魔石の補助として使えたらと考えています」

「それなら、今度一緒に領都の宝石店を回りましょう。もしかすると、まだあるかも知れないわ」

「よろしいのですか?」


 お母様が笑顔でうなずいた。これは朗報だ。子供では宝石店に入るのがはばかられるが、親がいれば問題ない。もしかすると、お母様も温室の建築計画に協力したかったのかも知れないな。


「それではよろしくお願いします」

「任せてちょうだい。もちろん、ファビエンヌちゃんも連れて行くわよ~」


 あ、もしかしたら、そっちが本当の目的なのかな? 今はダニエラお義姉様もミーカお義姉様もいないからね。お母様の「動く着せ替え人形」として使えるのはロザリアかファビエンヌしかいないのだ。


 アレックスお兄様も反対はしないようである。どうやら温室の建設には深くかかわらないようにするつもりらしい。お母様から疲れているんじゃないかと心配されているからね。これ以上の負担は回避しようということなのだろう。


 アレックスお兄様も成長したな。昔のお兄様なら「ハイネ辺境伯家で起こるすべてのことを知っていることが次期領主としての勤めだ」と思っていたはずだからね。商会を自分の力で回すようになってから、自分の限界に気がついたようである。実に良いことだ。




 翌日、ファビエンヌを迎えに行くとすぐに、昨日の夜の出来事を話した。最初は驚いていたが、すぐに喜びの表情になった。


「もちろん、一緒に行かせていただきますわ」

「そう言ってもらえて良かったよ。お母様がいるからデートと言うわけにはいかないけど、一緒に出かけるのは間違いないからね」


 そう言うと、ファビエンヌの顔が朱に染まった。その表情を見ながら、今度は二人っきりでのデートに誘おうと心に誓うのであった。

 ロザリアは工作室で掃除機の魔道具の原型を作っている。昨日見せてもらった設計図には問題はなさそうだったので大丈夫だろう。


 その間に俺たちはミラの毛を使って、色んな魔法薬を試してみる予定である。ちなみに当の本人であるミラは万が一に備えて、ロザリアの工作室へ連れて行ってもらっている。

 新しい素材を使うと、何が起こるか分からないからね。ファビエンヌとネロの二人なら守る自信はあるけど、三人になると万が一があるかも知れない。


「まずは何から作ってみますか?」

「そうだね、塗布剤に混ぜてみようか」


 聖竜の毛は魔法耐性があるはずだ。だってゲーム内ではすべての魔法を無効化していたからね。その力が少しでも備わっていればすごい塗布剤ができるはずだ。

 ブラックスライムの粘液、緑の中和剤、毒消草、黒曜石の粉末を用意して、前回と同じように塗布剤を作る。そこに味付け程度に様子を見ながら聖竜の毛を加えていく。


「こうやって最後に新しい素材を加えるのですね」

「こうすることで、完成品の効果を保ちつつ、追加効果や、すでに備わっている効果の強化をすることができるんだよ。ただし、何でも入れれば良いというわけではないけどね」


 何事にも相性というものがあるのだ。どちらかと言うと失敗する可能性の方が高い。成功したらラッキーくらいの感覚でやるのが精神的にもずっと良いだろう。

 煮込んでいる鍋の中にキラキラしたものが現れ始めた。これはもしや成功したのでは? 胸をときめかせて鑑定した。


 聖なる塗布剤:高品質。あらゆる魔法を防ぐ、効果(大)、火耐性(完全耐性)


「……」

「……」


 これはもしかしなくても、とんでもないものを作り出してしまったのではないだろうか。ファビエンヌも鑑定したのだろう。目が点になっている。たぶん俺も目が点になってると思う。そんな俺たちの様子に気がついたのか、ネロが慌てている。


「ユリウス様、ファビエンヌ様、どうされたのですか?」


 反応しなかった俺を躊躇なくネロが前後に揺さぶった。目を背けてはならない。戦わなくちゃ、現実と。


「ああ、大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ、ネロ」

「ユリウス様、これ、どうしましょう?」

「うーん、世の中に出ると問題にしかならないので閉まっちゃおうね~」


 鍋からビンに移すと、鍵付きの金庫の中に厳重に封印した。これで良し。初級エリクサーに続き、二つ目の秘密の魔法薬ができちゃったなー。これは聖竜の毛自体を封印した方が良いかも知れない。でも、色々と試してみたい。

 ネロに聖なる塗布剤の効果を話すと石化したかのようにその動きを止めた。


「ユリウス様、続けますか?」

「開発は中止した方が良いかな? でも、もうちょっとくらいなら……」

「そうですわよね、もうちょっとくらいなら大丈夫ですわよね?」


 どうやら好奇心に負けたのは俺だけじゃなかったようである。これが似た者夫婦というものなのだろうか。その後も俺たちはものすごく微妙な笑顔をしたネロに見守られた状態で、既存の魔法薬に試していった。

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