第380話 触ってしまった!
お風呂から上がるとすぐにミラの体を乾かした。ついでにみんなの髪も乾かした方が良さそうだ。火魔法、風魔法、水魔法、『乾燥』スキルの合わせ技で、潤いを保ったまま、瞬時にみんなの髪も乾かした。
ファビエンヌとネロは一体何が起こったのか分からない顔をしていた。風が吹いたと思ったら髪が乾いていた。何を言っているのか分からない、まるで夢でも見ているような気持ちになっているな。
「今のは魔法ですわよね? それも、ユリウス様が使った」
ファビエンヌがさっきまでぬれていた自分の髪を触りながら、まるで自分自身に言い聞かせるかのように尋ねてきた。ネロの視線もこちらを向いている。ミラは俺が魔法を使ったことに気がついているようで、俺の周りを子羊のように跳ね回っていた。
「そうだよ。昼食までにはもう時間がないからね。時短だよ、時短」
「時短……何という魔法を使ったのですか?」
「えっと、魔法名はないかな? 色んな魔法を組み合わせた独自の魔法だよ」
「独自の魔法」
何とか自分を納得させようとしているのか、眉間にシワを寄せたファビエンヌがウンウンとうなっている。そんなに考え込まなくても良いのではないだろうか。髪も乾いたことだし、それでいいじゃない。いや、そういうわけにはいかないのか。
「みんなには内緒だよ」
今さらながら口止めする。ファビエンヌもネロも同じことを思ったのか、引きつった笑顔を浮かべていた。お風呂に入るのを手伝ってくれた使用人たちの顔も引きつっている。
これは余計な心労をかけさせちゃったかな? そのことを全く気にしていないミラの毛並みをなでながら反省した。でも、普通に乾かしていたら時間がかかるしなー。
気を取り直したファビエンヌがサラサラになった自分の髪を何度も確かめていた。しっとりと潤いをキープしているツヤツヤの髪の毛だ。俺も触ってみたい。ファビエンヌの髪を整えている使用人が羨ましい。
食い入るように見ていた俺にファビエンヌが気づいたようである。こちらを見て、やんわりと笑った。
「触ってみますか?」
「触ってみたいデス」
ファビエンヌのそばに向かう体の動きが、どこかぎこちない。緊張しているのかな? 今さら? そう思ったのだが、そう言えばファビエンヌの髪を触ったことはあんまりなかったな。ほら、勝手に触るのは悪いと思うじゃん?
使用人が整えている隣で、ファビエンヌの髪をなでさせてもらった。サラサラなんだけど、ほどよい潤いのある髪だった。何だかずっと触っていたい気がする。俺が何度も触っていると、使用人が苦笑していた。どうやら邪魔になっていたみたいだ。慌ててそこから離れた。
その代わりにこちらへやって来たミラの毛並みを触る。こちらもファビエンヌの髪に負けず劣らず素晴らしい触り心地になっている。ファビエンヌと一緒に触りながら、髪の毛が整うのを待った。
準備が終わるとすぐに昼食の時間になった。なるべく手早く済ませたつもりだったのだが、どうやらちょっと遅れてしまったようである。食堂に到着すると、すでにお母様たちは食べ始めていた。
この時期になってくると、さすがに外で食べるのはためらうようになってきた。日差しが強くて、汗ばむ陽気である。コールドクッキーを食べて、日焼け止めクリームを塗れば問題ないのだろうけどね。
「あらファビエンヌちゃん、随分とキレイな髪をしているわね」
「お義母様、それはつい先ほどお風呂に入ったからですわ」
「まあ、お風呂に?」
お母様の視線がこちらを向いた。そしてそのまま俺の隣にいるミラを見た。それを見て納得してくれたようである。
「ミラちゃんの毛を刈ったのね。キレイに整えられているわね。随分と腕の良い職人さんがいるみたいね」
「ミラちゃん、おいで!」
ロザリアがミラを呼ぶと、文字通りミラが飛んで行った。「まあ、お行儀が悪い」とお母様が言ったが、何のそのである。気にすることなくミラの毛並みを堪能し始めた。気に入ってくれたようであり、昼食そっちのけでなで始めた。
その間に俺たちも席について食事を食べ始めた。どうやらまだお父様には午前中の試験の話は伝わっていないようである。これはまた夕食後に呼び出されることになるのかな?
アレックスお兄様もいないし、今日は騎士団寮で昼食を食べているのかも知れない。
「ユリウス、午前中の試験はどうだったのかしら? まだアレックスが戻って来てないのよね」
「問題なく終わりましたよ。きっと今はライオネルと一緒にお父様に報告するための報告書を作っているのだと思います。十分な成果だったので、温室だけでなく、馬車やその他の場所でも強化ガラスを使うことを検討しているんじゃないですかね?」
「そうなのね。商会に新しい商品が追加されることになるのかしら?」
お母様が首をかしげながら、ちょっと顔を曇らせている。お母様も今の商会がかなり忙しくなっていることを把握しているようだ。それにダニエラお義姉様もいない。キャパオーバーでアレックスお兄様が倒れないか心配なのだろう。
「それは大丈夫だと思います。強化ガラスはかなり特殊な素材なので、必要な分だけの受注生産になると思います」
大量生産するのはそれほど難しくはない。だがあの様子だと、大々的に広めるつもりはないだろう。恐らく、高位貴族や王族を中心に売りに出されることになると思う。
火耐性については折り紙付きだ。間違いなく重宝されることだろう。あ、アレックスお兄様が食堂にやって来たぞ。単にこちらに戻って来るのが遅くなっただけだったのか。
「アレックス、大丈夫?」
げっそりとした顔つきになっているお兄様を見て、お母様が顔色を悪くして尋ねた。お母様の顔には「不安が的中した」とでも書いてありそうである。そんなお兄様は俺の方を見てニッコリとほほ笑んだ。う、俺のせいですよね?
「大丈夫ですよ、お母様。ちょっと頭が痛い問題が生じただけですから」
「それって全然大丈夫じゃないわよ。何があったのか言いなさい」
お母様がお怒りのようである。目がつり上がり、ほほが膨らんでいる。ほほが膨らんでかわいらしく見える状態のときは、まだ本気で怒ってはいない。これが本気になるとほほの膨らみがなくなるんだよねー。そして目が冷たくなる。
「えっと、ユリウスが……」
お母様からほほの膨らみがスッと消えた。
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