第379話 毛刈り

 毛刈りバサミでミラの毛を短くカットしていく。普通の毛刈りバサミでは切れないかも知れないなと思っていたんだけど、問題なく切ることができた。もしかすると、毛の硬さはミラが自由に変えられるのかも知れないな。


「随分と手慣れていますわね」

「そうかな? 普通だよ、普通」


 ファビエンヌが指摘した通り、初めて毛刈りをするにしては手慣れすぎているな。でもミラを不安にさせるわけにもいかないし、俺には毛刈りの才能があったことにしておこう。


「もしかすると、俺には毛刈りの才能があるのかも知れないね。牧場で働けば、羊の毛刈りの達人になっていたかも知れない」

「まあ、ユリウス様ったら」


 俺が羊の毛を刈っている姿を想像したのか、ファビエンヌが楽しそうに笑っている。これでひとまず妙な誤解をされることはなくなったかな。ミラのおなか周りの毛刈りを終わらせると、両手両足の毛を刈った。


「残すは頭と背中の部分だけだな。ファビエンヌとネロもやってみる?」

「いえ、私はちょっと」

「私も遠慮しておきます」


 ファビエンヌとネロにやんわりと断られた。聖竜の毛を刈ることに気後れしているようである。そんなに身構えなくても大丈夫なのに。第一、しばらく時間がたてばまた伸びてくるのだ。心配する必要はない。


「それじゃ、俺が全部刈ることにするよ。やりたくなったらいつでも言ってよね」


 ミラは俺の毛刈りの腕を認めてくれたのか、安心して身を任せていた。そのため、ファビエンヌとネロはミラから少し離れた場所にいる。良く見ると、二人の服にミラの毛が所々くっついていた。


 しまったな。服に毛がつかないように、前掛けか何かを用意しておくべきだった。これじゃ屋敷に戻ったらすぐに着替えないといけないな。もちろん自分の服にもミラの毛がたくさんついていた。もったいない! こんなことなら、掃除機の魔道具の開発を急いでおくべきだった。


 シャキシャキとテンポ良くミラの毛を刈っていく。ハサミから感じる手応えも心地良く、こちらまで気分が良くなってくる。


「ふんふふーん」

「ご機嫌ですわね」

「まあね。よし、これで終わりだよ」

「お見事です」

「キュ!」


 気を利かせたネロが鏡をどこからか持って来てくれた。それを見ながらミラがポーズを取っている。かわいい。そしてどうやら気に入ったようである。自慢するかのように俺やファビエンヌ、ネロに見せびらかしている。


「毛刈りは完了したけど、刈り取った毛が服についちゃったね。ミラの体にもたくさんついているだろうし、これは屋敷に戻ったら水浴びした方が良いかもね」

「そうですわね」

「すぐに準備してきます!」


 そう言ってネロが屋敷の方へと走って行った。ネロが戻って来るまでの間に毛を集めておこう。ファビエンヌと一緒に下に敷いていた布の上にミラの毛を集めた。日の光に照らされてキラキラと光る毛は、さすがは聖竜の毛だけあって美しかった。


「このままでも売り物になりそうですわね」

「聖竜のお守りとして売れそうだよね。でも俺としては貴重な素材なので、ぜひミラの毛を使った魔法薬を開発したいところだな」

「ユリウス様らしいですわね」


 ファビエンヌが苦笑いをしている。その隣でミラが変な人を見るような目で俺を見ていた。ちょっとひどくない? ミラの顔をなでると、ちょうど良い長さの毛が手に当たって気持ちよかった。ファビエンヌもそれに気がついたのか、ミラの頭や体をしきりにナデナデしていた。


 ネロが戻って来た。そしてミラをひたすらなでている俺たちを見て怪訝そうな顔をしていた。ネロもミラをなでてみればすぐにこの気持ちが分かるよ。


「ユリウス様、屋敷に戻るころには準備が整っているはずですよ」

「分かった。それじゃ屋敷に戻ろうか。ミラの毛は集めておいたよ」


 ネロが布の四隅を縛った。昔なら俺が持って行くのだが、今は従者のネロがいる。俺がそんなことをすれば、ネロに批判がいくことだろう。上の立場になるって大変だね。少しずつ慣れて来ているとは思うけど、まだまだ申し訳ない気持ちになってしまう。


 屋敷に戻るとすぐにお風呂に入ることになった。さすがに湯船にお湯はなかったが、ハイネ辺境伯家のお風呂場にはシャワーがある。作ってて良かった、シャワーの魔道具。

 これがあれば、湯船にお湯がなくても、お湯で体を洗うことができるのだ。


 水着に着替えてお風呂場に行く。体にも髪にも毛がついているかも知れない。それにミラの体を洗わないといけないからね。昼食までにはそれほど時間が残っていないので、急がないといけないな。


 急いで体と頭を洗ってから、ミラの体を洗う。ミラの体を洗って良かった。次から次へとミラの毛が流れ落ちてきた。自分の体と頭を洗い終えたファビエンヌとネロも手伝いに来てくれた。


「掃除機の魔道具を開発しておくべきだったな」

「そう言えば、そのような魔道具を提案していましたね。確かゴミを吸い込む魔道具だったと記憶しているのですが」

「その通りだよ、ネロ。それさえあれば、服についた毛も、ミラの体についた毛も、ある程度取ることができたと思うんだよね。もったいなかった」

「そっちですの? てっきり私はキレイにするのが目的なのかと思っておりましたわ」


 ファビエンヌが目を大きくしている。確かにそっちがメインの目的なんだけど、今回に関しては”もったいなかった”という思いの方が強いんだよね。

 驚いたファビエンヌの表情がかわいらしくて、思わずニッコリとほほ笑んでしまった。

 それをからかわれたと思ったのか、ファビエンヌのほほがムッと膨れる。


「ファビエンヌの考えで間違ってないよ。むしろ、俺の考えの方がおかしな考えだよ。笑ってしまったのはファビエンヌの驚いた顔がかわいらしかったからで……」


 慌てて言い訳をすると、それを聞いたファビエンヌの顔が真っ赤に染まった。そしてそのまま両手で顔を隠してしまった。悪いことしちゃったかな?

 ネロとミラが生暖かい目で見つめてくれていた。

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