第378話 思ってたのと全然違う

 まずい、とってもまずい状況だ。ファビエンヌとネロとミラは目を輝かせているが、それ以外の人たちはみんな目が点になっている。このすきに何とかこの場を抑えて、すべからく撤収しなければ。


「それじゃ、今度こそ私たちはこの辺で……」

「いやいやいや! なんで何事もなかったかのようにこの場を去ろうとしているのかな? 残念だけど、そうはいかないからね? お父様に報告することが増えたよ?」


 アレックスお兄様がここまで混乱している様を初めて見た。こんな感じになるんだ。いつも冷静で沈着なイメージがあったけど、やっぱりキャパシティに限界はあったんだな。この姿のアレックスお兄様をダニエラお義姉様が見たらどう思うかな? やっぱりアレックスお兄様も普通の人間なんだなって安心するよね。


「お兄様も人間だったのですね」

「……どういう意味かな? それよりも、ユリウスは人間だよね?」

「もちろんですよ。何を言っているのですか。やだなーお兄様」


 とは言ったものの、その場にいた全員がそれを否定しなかった。……俺って一体どんな存在に思われているのかな。だんだん怖くなってきたぞ。


「えっと……まずはユリウス、熱くないのは分かったけど、重くないの?」

「魔力の塊なんで重さはないです。持ってみます?」

「あ、ああ、うん。お願いしようかな?」


 火の鳥ににらみつけられてたじたじになったお兄様。その腕に火の鳥を移動させた。特につつかれることもなかったので安心したようである。今度はしっかりと観察をし始めた。


「本当に熱くないし、重くないね。不思議だ。……この子、意識を持ってるよね?」

「ピィ!」

「それはそうですよ。敵を追いかけていく魔法ですからね」


 ファイヤーバードの魔法は敵を自動追尾するとても便利な魔法である。適当に魔法を使えば当たるので、ザコ戦では重宝してた。魔力をつぎ込めば、先ほどのように強化できるのもこの魔法の魅力である。


「ライオネル、どう思う?」

「それなのですが、ファイヤーバードの魔法は知っております。ですが、私が知っているファイヤーバードと、ユリウス様が使うファイヤーバードはどうも違うような気がします」

「そんなバカな! 魔法図鑑に載っていたから使ったんだよ」


 俺だってバカじゃない。だれも知らないような魔法を使えば騒ぎになることくらい分かっている。だからこそ、魔法図鑑で見かけたファイヤーバードの魔法を使ったのだ。

 ……そう言えば、自分の知っている魔法があるのかどうかだけを確認していたので、詳しい魔法の詳細までは見ていなかったような気がする。迂闊!


「えっと、ほら、みんなに注目されていたから、ちょっと張り切っちゃったんだよね。たぶんそれが原因でこんなことになっちゃったんだと思うんだ。それでライオネル、本来はどんな魔法なの?」

「……本来は小さくなったファイヤーアローを同時にいくつか飛ばす魔法になります。その光景が鳥が飛ぶような姿に見えたので、そのような名前の魔法になったものと思われます」

「へ、へえ……」


 全然違う! これはごまかしが利かないやつだ。ファイヤーアローの小さいバージョンなら、いくら数が多くてもそれほどのダメージを与えることはできないはずだ。道理で使う人がいないわけだよ。


「あの、ユリウス様、私も火の鳥ちゃんを持ってみたいです」

「もちろんいいよ。はいどうぞ」


 アレックスお兄様から火の鳥を返してもらい、ファビエンヌの腕に載せてあげる。その顔が新しいおもちゃを与えられたかのように輝いていた。どうやらファビエンヌは動物が好きなようだね。火の鳥が動物のカテゴリーに入っているのかは別として。


 ネロも気になっていたようなので、その腕にも載せてあげた。男の子もこう言うの、好きだよね。

 最後にミラの頭の上に載せたところで、今度こそ、ミラの毛刈りをすることにした。


「アレックスお兄様、もうよろしいでしょうか? そろそろミラの毛刈りをしないと、午前中では終わりません」

「全然良くはないんだけど、これからミラの毛を刈るのなら仕方がないね。気をつけてするんだよ。さて、どう報告したものか……」


 アレックスお兄様とライオネルが悩んでいる間にその場を抜け出した。もちろん火の鳥は何事もなかったかのように消しておく。火の鳥が存在していると、話がこじれることになるのは間違いないからね。


 それにこの光景をロザリアが見たらどう言うか。欲しい、とか、飼いたい、とか言い出すんだろうなぁ。うん、ますます出せないな。

 騎士団の馬小屋に行くと、馬の毛並みを整えるためのハサミを借りた。


「はぁ。どうしてこうなっちゃうかなー」

「ユリウス様、元気を出して下さい。ユリウス様はアレックスお義兄様に言われたことを忠実にこなしただけですわ。何も悪くはありません」

「ありがとう、ファビエンヌ。そう言ってくれるのはキミだけだよ」

「ユリウス様、私もファビエンヌ様と同じ意見ですよ!」

「キュ、キュ!」

「そうだね。二人もありがとうね」


 まだ午前中なのに何だかドッと疲れが出て来た。フラフラになった魔導師のことをとやかく言える立場じゃないな。

 ネロに敷物を用意してもらって、その上で毛刈りを始めた。敷物はミラの毛を回収しやすくするためのものである。もったいない。


「まずはおなか周りからにするかな。ほら、ミラ、あお向けになってね~」

「キュ」

「ファビエンヌ、ネロ、念のため、ミラをしっかりと押さえておいてよ」

「分かりましたわ」

「分かりました」


 ファビエンヌとネロに手足を押さえられたミラ。その瞳は不安そうに涙でにじんでいた。俺ってそんなに信頼感がないかなー。これでも『毛刈り』スキルは持っているんだぞ。良質なウールを手に入れるために、マイ牧場で羊や馬、牛、ニワトリ、ウサギなどの色々な動物を飼っていたからね。

 聖竜の毛を刈るのは初めてだけど、ちょっと大きなウサギみたいなものだし、大丈夫、大丈夫。

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