第377話 せっかくだから
ガクガクブルブルしている俺たちの隣でライオネルが魔導師たちに次の魔法を指示していた。もちろんファイヤーボールよりも強力な魔法である。どうやらファイヤーランスを使うようである。
「団長、いつでも行けます!」
「よし、放てー!」
魔導師が掲げた杖の先端から勢い良く炎が吹き出した。ファイヤーボールを同時にいくつも使用したかのような熱量である。
だがしかし、まるで何かが守っているかのように強化ガラスには届かなかった。
「どうなっているんだ」
「分かりません」
現場は混乱していた。それもすべて、俺が付与した塗布剤が原因である。やっちまったぜ。その頃になってようやくファビエンヌにも実感が湧いたのか、口の片側が引きつっていた。これが「やっちまった」という顔か。俺も同じような顔をしているんだろうな。
「ユリウス、どうなっているんだい?」
「いや、私にも何が何やら……」
先ほどのアレックスお兄様と同じように、俺の額からも汗が流れた。その汗はとても冷たく感じる。どうしたものかと思っていると、次は三人がかりでファイヤーランスが放たれた。だがしかし、何かに阻まれて届かない!
「ユリウス様?」
「ち、違うんだよライオネル」
「何が違うのですかな?」
笑顔なんだけど笑顔じゃない。糸のように細くなった目がとっても怖いぞライオネル。どうしてこうなってしまうんだ。ライオネルはさらに上の魔法を指示していた。もうやめて、と叫びたい。そろそろ強化ガラスの付与効果もゼロになるよね?
次は火属性魔法でも高位に属している、ファイヤートルネードが使われることになった。さすがにこの魔法は危険だと言うことで、魔法訓練場のど真ん中に強化ガラスが配置された。当然のことながら、周囲に人はいない。
「これでダメでしたら、試験を中止せざるを得ませんな。これ以上は無理です」
「もう十分に性能は確認できたことだし、そこまでやる必要ないよね?」
「念のためです。念のため。それに最後までやり遂げた方がアレックス様も御館様に報告しやすいことでしょう」
どうやらライオネルはお兄様に報告のすべてを丸投げするつもりのようだ。アレックスお兄様が恨みがましい顔つきでライオネルを見ている。ライオネルは知らんぷり。
巻き込まれてはたまらない。俺もなるべくお兄様と目を合わさないように心がけた。
「準備が整いました!」
「よし、やれ」
「ファイヤートルネード!」
何やらブツブツと魔法を詠唱した魔導師が声を張り上げると、炎でできた竜巻のようなものが強化ガラスを目掛けて突き進んだ。その炎の勢いはすさまじく、遠くにいるはずの俺たちにも熱波が襲いかかってきた。ちょっと熱い。
これで強化ガラスもおしまいだ、そう思ったのだが……先ほどのファイヤーボールと同じように、炎の竜巻はしおしおと小さくなり、最後にはすっかりと消えてなくなってしまった。
膝をつく魔導師。どうやら魔力が尽きたようである。なんてこった。まだ午前中なのに。
「何ということだ……」
「ライオネル、その塗布剤を騎士の鎧にも塗ってみたいなと思っているんだけど、どうかな?」
たたみかけるなら、放心している今しかない。そう思った俺はすかさず例の計画を提案した。「ここで言うの?」とでも言いたそうな顔をしたファビエンヌが目を大きく見開いた。
「そ、そうですな。考えておきましょう……」
「頼んだよ、ライオネル。それじゃ……」
「待った」
今度こそ逃げだそうとした俺たちをアレックスお兄様が止めた。当然、その目は笑っていない。逃がさないとばかりにしっかりと腕をつかまれた。
「せっかくだから、ユリウスの魔法も見たいな。あの強化ガラスが火属性魔法で壊れることを証明した方が良いと思うんだ」
「べ、別に証明しなくても良いのではないですか? 他の属性の魔法なら壊れることが確認できていますし……」
「それでも必要だよ。火属性魔法なら大丈夫という油断が、不測の事態を招く恐れがあるからね」
そうなのか? そんなことないと思うんだけど……ファイヤートルネードなんて魔法を使われたら、強化ガラスは無事でも、近くに人がいたら死んじゃうと思うんだよね。
何やら視線を感じる。どうやらみんなの注目が俺に集まって来ているようである。
正直に言わせてもらえればやりたくない。また「賢者」だなんて騒がれるのは嫌だ。でもこれだけ注目を浴びているのに、何もしないのはどうかと思う。俺と騎士団の間には強い絆があるからね。なんとなくみんなをガッカリさせたくない気持ちはある。
「分かりました。それでは何の魔法を使えば良いですか?」
「そうだね、まだ試していない魔法を使ってもらいたいかな」
まだ使っていない火属性魔法。ファイヤーアロー? でもあれは初級魔法だしな。ファビエンヌもいることだし、見た目も素敵なファイヤーバードにしようかな。ファビエンヌを見ると、期待に満ちた目をしていた。これは裏切れないな。
「分かりました。それではやりますね。ファイヤーバード!」
ゴォオオオ! と勢い良く燃え上がった炎が鳥の形に変化し、強化ガラスへ襲いかかった。
さすがは俺が作った魔法薬を塗布しただけはある。見る見るうちに巨大な火の鳥が小さくなってゆく。だが、限界に達したようだ。ついに強化ガラスがドロリと溶けた。勝ったぞー!
そんな俺の心の声が聞こえたのか、オオワシくらいのサイズになった火の鳥がピィ! と鳴きながらこちらへと飛んで来て、伸ばした腕に舞い降りた。
「良くやったぞ。さすがだな」
「ピィ!」
「キュ!」
「ん?」
ミラの声で我に返った。その場にいた全員が声も出さずにジッとこちらを見つめていた。
ついカッとなってやってしまった。今は反省している。だから許して。
「ユリウス様、熱くはないのですか?」
ファビエンヌが首をかしげて聞いてきた。どうやら火の鳥に興味があるらしい。
「大丈夫だよ。俺の魔法は敵味方が識別できるからね」
周囲がより一層静まり返ったのは言うまでもなかった。
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