第381話 楽しい昼食?

 お母様の疑惑の瞳がこちらを向く。その目の光が失われているような気がした。言い訳をするべく、慌てて弁明した。


「違うんですよ、お母様。強化ガラスの弱点を克服しようとしたら、予想外に効果が高かっただけですから。別に悪いことではありませんよ」

「あら、そうなの、アレックス?」

「まあ、別に悪いことではないのですが、効果が高すぎて……」


 一瞬穏やかになったお母様の顔が再び険しくなった。お母様は本当に表情が豊かだな。これで貴族たちとやり合っているのだから、きっと社交界では裏の顔を持っているのだろう。そうでなければ社交家で生きてはいけない。

 そう考えると、なるべく社交界には近づきたくないところだな。


「どのくらいの効果があるのかしら?」

「えっと、ファイヤートルネードが直撃しても壊れないくらいですね」

「……」


 アレックスお兄様の答えに、お母様の目が見開かれ完全に言葉を失っていた。どうやら予想外の結果だったようである。これでまた、俺の評価が厳しくなるな。悪いことしてないと思うのに。理不尽だ。


 アレックスお兄様は賢明にも、俺が使ったファイヤーバードについては黙秘してくれるようである。さすがにそこまで言ったら、お母様がまた卒倒してしまう。そしてそのことでお父様に怒られることになるだろう。

 ロザリアも騒ぎ出すかも知れない。この場で見せて欲しいと言いかねない。


「それだけ丈夫なガラスですので、温室の窓ガラスだけでなく、馬車や、要人の別荘の窓にも使えないかと思っています」

「そうね。販売する場所は選んだ方が良いかも知れないわね。そうでないと、注文が殺到してとんでもないことになるわ」

「私もそう思います」


 困り顔をしたお兄様が昼食を食べ始めた。そのときになってようやくお兄様はミラの毛がキレイに刈られていることに気がついたようである。ロザリアに抱かれたミラを見て、俺の方を見た。


「随分とうまく毛を刈ったものだね。毛を刈るのが得意な人なんていたっけ?」

「えっと、それは……」


 歯切れの悪い俺の返事に色々と察してくれたようである。姿勢を正し、ニッコリと笑って、質問の矛先を俺からファビエンヌへと移した。


「ファビエンヌ嬢、ミラ様の毛を刈ったのはユリウスだよね?」

「え、えっと、そうですわ」


 チラチラとこちらを気にしながらも、ファビエンヌが正直に答えた。別にそのことについては口止めをしていないので、ファビエンヌの対応は間違ってはいない。そもそも、ファビエンヌに迷惑をかけないように俺から言うべきだったのだ。ごめんね、ファビエンヌ。変な心労をかけちゃって。


「ユリウス、あなた毛刈りの才能もあったのね~」

「あはは、自分でも思わぬ発見をしました」


 笑ってごまかそうとしたが、お母様の顔は笑ってはいなかった。これはもう色々と疑われている感じだな。そろそろ俺が一体何者なのか考え始めているのかも知れない。

 いや、もしかして普通じゃないと薄々気がついているのかな? それでも黙っていてくれているのかも知れない。

 その後は静かに食事は進んでいった。


 午後からは温室に設置する魔道具の設計をすることにした。午前中にロザリアがみっちりと勉強をしており、午後からは完全に魔道具を作るモードだったのだ。

 三時のお茶の時間が終わると俺たちは勉強の時間になる。そのため、ロザリアには「それまでだよ」と言い聞かせてある。


「私もミラちゃんの毛を刈ってみたかったですわ」

「それなら次の機会に一緒にやろう」

「約束ですわ」

「キュ」


 ミラも今回の毛刈りで味を占めたようであり力強く返事をしてくれた。長かった毛がスッキリと短くなったことで、体も軽くなったのだろう。部屋を歩く足取りも軽い。テーブル席に座る、ファビエンヌの膝の上に移動したり、ネロの肩に飛び乗ったりと忙しそうである。


 そんな中、俺とロザリア、リーリエは工作用の机の上に大きな紙を広げていた。その中に必要な魔道具を全部書き込んでいく算段である。鉛筆を取り出して、まずは必要な物を書いていく。


「温室を暖める魔道具は必要だね。あとは毎回外に水をくみに行かなくてすむように、水場を設置したい」

「散水器も設置するのですよね?」

「そうだね、それに近い物を作れないかなと思ってるよ。地面から水が出るんじゃなくて、天井から雨が降るみたいにできないかなと思ってさ」

「面白そうですわ!」


 ロザリアが手をたたいて喜んだ。新しい魔道具の匂いを嗅ぎつけたのかも知れない。これはロザリアに任せよう。リーリエも一緒に手伝ってくれるだろうし、問題はなさそうだ。あとは空調と光だな。


「天井の窓がこんな感じに開いて、外からの空気を取り入れられるようにしたいな」

「これも魔道具で行うのですか?」

「手動でも良いけど、ボタン一つで全部の窓を開け閉めできるようになったら便利かな?」

「やりましょう、お兄様!」


 両手に拳を作ったロザリア。やる気満々のようである。これは思った以上に大がかりな作業になるかも知れない。配管は温室の設計図が出来上がってから考えよう。それまでは魔道具作りだな。


「あとは曇りの日でも植物が育つように光が欲しいかな」

「光……ランプの魔道具ではダメなのですか?」

「そうだね、ランプの魔道具よりももっと大きくて、強い光が欲しいかな?」


 さすがに人工太陽は厳しいかな? ランプの魔道具から放射される光の波長が分からないから、どれくらい日の光と違うのかが分からないからな。この辺りはランプの魔道具をしっかりと調べてから、もう一度考えよう。


「そうだ、次にミラの毛を刈るときのために、掃除機の魔道具を作ろうと思っていたんだった。これも一緒に考えよう」

「分かりましたわ!」


 うれしそうにロザリアが笑った。その隣でリーリエも楽しそうにしている。

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