第373話 インテリジェンスウエポン

 この話題はまずいと思ったのでお父様の顔色をうかがった。俺に向いていた視線が、今度はお父様に向けられる。恨めしそうにお父様の目がこちらを向いたが、どうやら観念したようである。一つため息をついた。


「これから話すことは外へは出さないように」


 お父様が先ほどの話をみんなにする。どうやら当主の日記があることはお母様もアレックスお兄様も知らなかったらしく、当然のことながら不満が出た。


「マックス、どうしてそんな重要なものがあることを今まで教えてくれなかったのかしら?」

「そ、それは……この日記は代々当主になる者が受け継いでいるものでな。読ませられないことも書いてあるのだよ」

「それなら、私には読む権利がありますよね?」


 不満そうに口をとがらせているお母様は、どう見ても四児の母親には見えなかった。二十代のエネルギーに満ちあふれた大人の女性である。

 一方のアレックスお兄様はその目を輝かせていた。興味があるらしい。


 確かに領主が代々書き記して来た日記には、領地の統治方法なんかも書いてあるだろう。内容によっては商会の運営にも役に立つことが書いてあるかも知れない。アレックスお兄様にとっては宝の山に見えることだろう。


「ま、まあそうだな。アレックスが当主になったら、そのときにすべてを渡そう」

「今は見られないのですか?」

「そうだ。これはハイネ辺境伯家の決まりになっているからな。それだけ内容に機密事項が含まれていると言うことだ」


 本当かなぁ。なんか怪しい。本当はお母様に見せたくないからじゃないのかな。そこまで言えば、さすがのお母様も見せろとは言わないだろう。何と言っても、お母様は淑女の鑑だからね。


「……それで、本当にインテリジェンスウエポンなのですか?」


 ライオネルが腰から下げている剣を見て、お母様がそう言った。どうやら当主の日記についてはひとまずあきらめたようである。お父様のホッとしたような顔が印象的だった。

 一体、当主の日記には何が書かれているのだろうか。ちょっと興味が出てきたぞ。


「お母様はインテリジェンスウエポンを知っているのですか?」


 パアッと顔を輝かせたロザリアがお母様に尋ねた。どうやら光る剣に随分と興味を持ったようである。ロザリアは色んな本を読んでいるからね。きっと冒険譚なども読んでいるのだろう。


「そうねぇ……昔、インテリジェンスウエポンが出て来る物語を読んだことがあるわ」

「どのような物語なのですか?」

「その昔、この世界に魔王が現れて、その魔王を勇者が倒すお話よ。そのときに勇者が持っていた剣がインテリジェンスウエポンだったのよ」


 物語の中の話とは言え、あまり聞きたくない話だな。この世界の昔話は作り物ばかりではなく、実在した物語も結構あるんだよね。聖竜の話や、精霊の話などがそうである。

 それならば、魔王が現れてそれを勇者が倒した物語も本当にあった出来事の可能性は捨てきれない。

 そしてもし、本当にインテリジェンスウエポンなんてものが存在したとすれば、その可能性がグンと跳ね上がる。


「お母様、インテリジェンスウエポンって何ですか?」

「あ、そこからなのね」


 お母様がこけた。珍しいものを見たぞ。お父様も驚いているので、超レアな光景なのだろう。気を取り直したお母様が「しゃべる剣のことよ~」と色々な説明をすっ飛ばして話した。


「それではあの剣とお話しできるのですね。やってみたいです!」


 期待に満ちあふれた目でライオネルの剣を見るロザリア。さすがに無理なんじゃないかな? ライオネルが剣を俺に差し出そうとしたが、それは止めた。


「さすがに剣と話すのは無理だよ。お父様にも話したんだけど、あのとき剣が光ったのはたまたまだよ。強化ガラスを切れなかった剣がムキになっただけだって」


 なるほど、と納得するお母様とアレックスお兄様。しかしロザリアは納得していない様子だった。その後もチラチラと剣に視線を送っていた。新しく友達ができると思ったのかな。良く分からん。


 夕食も終わり、あとはお風呂と寝るだけである。今日もファビエンヌと一緒にお風呂に入る予定だ。ミラも一緒に入るつもりなのか、ファビエンヌにベッタリとひっつき虫のようにくっついている。


「ミラの毛を刈らないとね。明日、騎士団で強化ガラスの試験をするついでに毛刈りしよう」

「キュ!」


 毛刈り発言に驚いたミラがファビエンヌを盾にする。そんなミラを優しく抱き寄せるファビエンヌ。その様子はまさに聖女だな。とても絵になる。ここにカメラがあれば残しておいたのに。……作るか?


「ミラちゃん、これからますます暑くなりますわ。そうなると、ミラちゃんも大変な思いをすることになりますよ。ユリウス様はミラちゃんを少しでも涼しくしてあげたいと思っているだけですわ」

「キュ」


 ファビエンヌに説得されたミラがつぶらな瞳でこちらを見ている。その通りだと安心させるようにうなずく。聖竜の毛が新しい魔法薬の素材にならないかなーなんて、毛ほども思っていないぞ。


 どうやらミラも納得してくれたようである。ファビエンヌを盾にすることはなくなった。

 今日はお風呂でしっかりと体を洗ってあげないとね。サラサラな毛並みになっていれば、明日の毛刈りもやりやすいだろう。


「ユリウス様、インテリジェンスウエポンは本当にお話しするのでしょうか?」

「どうなのかな? こればかりは実際に剣を所有しないと分からないね。でも所有するつもりはないよ」

「どうしてですか?」


 純粋にそう思ったようである。ちょこんと首をかしげるファビエンヌ。普通なら、そんな剣があれば所有したいと思うかもね。でもね、俺は普通じゃないんだ。


「そんなものを所有していたら、今度こそ本当に剣聖にされてしまう」


 一瞬あっけに取られたファビエンヌがクスクスと笑い出した。俺も一緒に笑う。それにつられてミラも楽しそうに周囲を飛び回った。

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