第371話 当主の日記
片手鍋に蒸留水と薬草、ホウレン草を入れてグツグツと温めると濃い緑色の液体ができた。今回は回復薬を作るわけではないので、えぐみがいくら出ても問題ない。むしろそのえぐみが中和剤として機能するのだ。魔法薬って不思議。
その光景を見て、ファビエンヌがちょっと引いていた。
「だ、大胆ですのね……」
「これは飲むわけじゃないからね。必要なのは味ではなく、効用だよ」
そう言えば、ファビエンヌが作ったことがある魔法薬って、飲み薬や塗り薬などの人が使う物が多かったな。
この辺りで物質に使う魔法薬を教えるのも、知識と見識を広げるためには良いかも知れない。
「これで『緑の中和剤』は完成だよ。次は塗布剤だね」
土鍋に各種素材を入れる。それをゆっくりと煮詰めながら棒で混ぜていく。土鍋の中にドス黒い何かがコポコポと大きな泡を作り出していく。なんとなく「ヒーヒッヒッヒ」と声を出したい衝動に駆られた。ファビエンヌがいるのでやらなかったけど。
「あの、大丈夫なのですか?」
「大丈夫、大丈夫。最後に緑の中和剤を入れれば見た目はマシになるからさ」
端から見れば毒薬でも作っているように見えるだろう。確かにそう見える。俺もおばあ様が作っていたら、絶対に毒薬を作っていると思ったはずだ。
十分に煮詰まったところで、中和剤を入れる。変化はすぐに起こり、先ほどまでの黒く濁った液体が、透明な液体へと変化した。その劇的な変化に「おおお」とファビエンヌとネロが声を上げた。
「これで完成だよ。火耐性をより強化した塗布剤だね」
塗布剤:高品質。ある程度の魔法を防ぐ、効果(大)、火耐性(特大)。
「このような物まで作れるなんて、やっぱり魔法薬はすごいですわ」
「さすがはユリウス様ですね」
「あはは……それじゃさっそく強化ガラスに塗布してみよう」
どうやらファビエンヌも『鑑定』スキルでどのような魔法薬なのかを確認したようである。新しい種類の魔法薬にちょっと興奮している様子だった。
ネロに準備してもらった強化ガラスに魔法薬を塗りつけてゆく。粘性はなく、サラリとしており、少量でもかなりの範囲を塗ることができる優れものだ。
「あとはこれが乾くのを待つだけだね。明日になれば定着していると思うよ」
「明日が楽しみですわ」
うれしそうにファビエンヌが笑う。さて、問題はどのくらいの効果があるかだな。大事にならないと良いんだけど。
今日はファビエンヌが泊まっていく日である。毎日、ハイネ辺境伯家とアンベール男爵家を往復するのは大変だろうということになって、数日に一度、ファビエンヌが泊まることになったのだ。
ファビエンヌと一緒に部屋で夕食ができるのを待っていると、お父様からの呼び出しが入った。どうやら夕食の後まで待ちきれなかったようである。……もしかして、剣が光ったことを問題視しているのかな? 違うと良いんだけど。
「お父様、ユリウスです」
執務室のブザーを鳴らす。ピンポンの音と共にお父様から「入れ」と声がかかった。ネロに扉を開けてもらって中に入ると、そこにはライオネルの姿があった。お母様の姿はどうやらないようだ。
「そこに座ってくれ。ライオネルからある程度の話は聞いている。だが、ユリウスからも話を聞きたい」
「分かりました」
俺からも改めて説明することになるとは。どうやらお父様はかなり慎重になっているようだ。通常なら気になるところを直接俺に聞くだけである。一通り強化ガラスのことを話すと、次はやはり剣の話になった。
「ユリウスは剣が光ったことに気がつかなかった、間違いないな?」
「はい。間違いありません。周りのみんなが何やら驚いていたので、そのときになって始めて知りました」
「そうか」
腕を組んで考え始めたお父様。ライオネルの表情も硬くなっている。もしかして、まずいことになっているのかも知れない。嫌な汗が背中を伝う。まさかこんなことになるなんて。
いや、これは俺のせいではない。そんな特殊な剣をハイネ辺境伯家が所有しているのが悪いのだ。内心でそんな逆恨みをしていると、お父様が顔を上げた。
「ユリウス、ハイネ辺境伯家には代々の当主が書き記している日記が残されているのだよ」
「それは知りませんでした。貴重なものがあるのですね」
「うむ」
歯切れが悪い。その日記とやらに何か問題となることが書かれていたのだろう。帰りたい、帰りたい、暖かい自室に帰りたい。ベッドの上でミラを抱いて、ゴロゴロするんだ。
「その日記の中にはその剣の話もあってな。どうやらその剣は意識を持っているらしいのだ」
「意識を持った剣? インテリジェンスウエポンですか!」
「お、おう、そうだ。……良く知っていたな、ユリウス」
「あ、いや、その、どこかの本で読んだような気がします」
俺のバカヤロウ。思わず興奮してしまって叫んでしまったじゃないか。
インテリジェンスウエポンなんて、ゲーム内で数本しかない超レアな武器だぞ。しかもどれも伝説級の武器だったはずだ。そんなものがこの世界にもあるだなんて、興奮せずにはいられない。
ライオネルの腰にぶら下がっている剣を見た。キラリと光ったような気がした。……気のせいだよね? もしかしてすでにロックオンされたりしてる?
「書かれていた内容によると、その剣は気に入った人物を見つけると、その真の力を発揮するらしい」
「真の力?」
「そうだ。剣が光ったのもその一つだ。その光が目くらましとなって、強敵と戦うときに随分と有利に戦えたそうだ」
なるほど。切りつけるたびにピカピカ光ったら、剣の軌跡が見えなくなるからね。ちょっと卑怯なような気もするが、戦いに卑怯もへったくれもないよね。
「それに、何でも切り裂くことができるようになったそうだ」
うーん、斬鉄剣かな? 確かにライオネルが切れなかった強化ガラスをやすやすと切ることができたな。もしかすると、単にインテリジェンスウエポンがガラスごときを切ることができなくて、イラッとしたのかも知れないけど。
「一度、強化ガラスに跳ね返されたので、ムキになっただけなのでは?」
「……それもあるかも知れん」
お父様が遠い目をしている。
そうだよね、問題は、たとえそうだとしても、俺がそれをやっちゃったことだよね。こんなことになるのなら、もう一度、ライオネルに試してもらうんだった。
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