第370話 塗布剤
訓練場から戻るとすぐに工作室へと向かった。もちろん、強化ガラスの制作を魔導師たちにやらせるためである。
午前中と同じようにガラスを温めて、風魔法を使って冷やしてもらう。
「これだけで強化ガラスが作れるのですか?」
「そうだよ。簡単すぎて驚いた? でも、良い感じにガラスを温めるのにはコツがいるんだよ。油断すると、ガラスが溶けちゃうからね。それにガラスが十分に熱くならなくてもダメ」
「なるほど」
完成した強化ガラスはロザリアが作ったものと同じくらいの固さだった。どうやら、普通に風魔法を使うとこの固さになるようだ。つまり、魔力をさらに込めることができない限りは、とても固い強化ガラスを作ることができないということである。
「それじゃ、この強化ガラスを持って帰って、固さを確認しておいてよ。ライオネルにはその結果を踏まえてお父様に報告するように言って欲しい」
「承知いたしました」
そう言うと、魔導師たちは戻って行った。たぶんあれならそこまで問題にはならないはずだ。最初に試した強化ガラスと同じ固さだからね。片手ハンマーで強くたたけば簡単に割れるはずだ。
魔導師たちが帰ったところでサロンへ向かった。そこではすでにファビエンヌとロザリアがお茶をたしなんでいた。もちろんネロとリーリエが給仕している。二人とも立派な使用人になっているな。結構、結構。
「どうでしたか?」
「問題はなかったよ。最初に試験した強化ガラスと同じくらいものができたよ」
「そうでしたか。どのようにしてさらに魔力を込めるのですか?」
あのときは何も言わなかったが、どうやらファビエンヌも気になっていたようである。もちろんロザリアも。二人ともこちらをジッと見ている。ここは正直に言うしかないな。
「それが、良く分からないんだよ。『魔力を込めようと思って魔法を使うと、そうなる』としか言いようがないんだ」
やり方を教えることができれば良かったんだけどね。実際にそうなのだ。これが自分の才能なのか、それとも訓練すればだれでもできるようになるのか、どちらなのか分からない。
ガックリと肩を落としたロザリアの頭をポンポンとなでる。俺にだって、できないことや分からないことがあるのだ。一方のファビエンヌはガッカリと言うよりかはどこか安心したような様子だった。
魔法に対して、さらに魔力を込めるようなことができれば、ファイヤーボールを巨大化させたりもできる。恐らくその可能性に気がついているのだろう。そしてそのことが危険だと認識しているようだ。
まさにその通りである。魔力量さえあれば、初級魔法しか使えなくても、とんでもない火力を生み出すことができるのだ。それは戦いの被害を大きくすることになるだろう。
ファビエンヌの頭もポンポンとなでてあげる。うれしそうな顔になっている。
「さて、これからどうするかなんだけど、俺はちょっと作りたい物があるから調合室に行こうと思うんだ。ファビエンヌはどうする?」
「もちろんついて行きますわ」
ロザリアはこれから勉強の時間のようである。リーリエと一緒に勉強するので、特に不満はなさそうだ。これもリーリエのおかげだな。鉛筆で書くのも気に入っているようで、暇さえあれば紙に絵を描いていた。将来画家になるのも良いかも知れないな。
サロンに二人とミラを残して調合室へ向かった。ライオネルからお父様に報告が行くまでにはもう少し時間がかかるだろう。恐らくお父様から呼び出されるのは夕食の後だと思う。それまでに、強化ガラスに塗布する魔法薬を作っておこう。
「ユリウス様、何を作るのですか?」
「塗布剤だよ。これを強化ガラスに塗ることで、魔法耐性を向上させるんだ」
「大丈夫なのですか?」
「火に弱いままだと、困る場合が出て来るかも知れないからね。たぶん大丈夫だと思う」
それもそうだと納得してくれたのだろう。ファビエンヌが深くうなずいた。
調合室に到着するとさっそく準備を始めた。必要な素材はブラックスライムの粘液、緑の中和剤、毒消草、黒曜石の粉末である。
ブラックスライムは魔法耐性が高い、ちょっと特殊なスライムだ。そのスライムが分泌する粘液は魔法耐性が高いという特徴がある。ただし、ブラックスライムがそれなりに貴重なスライムなので、大量に素材をゲットするのは難しいかも知れない。
「全体的に黒い素材ばかりですわね」
「見た目は確かにそうだね。でも緑の中和剤を入れることで色はほぼ無色になるよ。それに薄く塗布するだけだから、ガラスの見た目はほとんど変わらないよ」
うなずくファビエンヌと一緒に魔法薬作りを開始する。金属の鍋は腐食するので、土鍋を使って作業を行う。どこからともなく出て来た土鍋を見て、ファビエンヌが驚いていた。
「こんなものがあったのですね」
「あれ? 見たことないかな。料理とかではそれなりに使っていると思うんだけど」
「調理場では見たことがありますが、まさか魔法薬を作るのに使うとは思っても見ませんでした」
なるほど。驚いていたのはそのせいか。確かに調理器具を使っていたら、何をやっているんだと思うかも知れないな。だがしかし、魔法薬師は使える物は何でも使うのだ。それを使うことで魔法薬の品質が良くなり、効果が高くなるのなら、迷わず使う。
そんな話をすると、ファビエンヌが神妙な顔をしてうなずいていた。
「それじゃまずは緑の中和剤を作るところからだね。これはいつのも片手鍋で作ろう。素材は薬草とホウレン草だよ」
「これって……食材なのでは?」
「そうだよ。ホットクッキーを作るときにも食材を使ったよね?」
「確かに……でもあれは……」
ブツブツと何やらつぶやいているが気にせずに作業を進める。使える物は何でも使う。それが魔法薬師なのだ。
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