第369話 知っているのか、ライオネル?
強化ガラスの試験は終わった。あとは逃げるようにこの場を去るだけだな。温室のガラスに使うのは中間の固さのものにしよう。あれならそれほど苦労せずに作ることができるぞ。もちろん魔法薬は塗布する。
「それじゃライオネル、俺たちはこのへんで……」
「お待ち下さい。あちらに飲み物を用意いたしますので、どのようにしてこの強化ガラスを作ったのかを教えていただけませんか?」
「え? えっと、秘密!」
そう、秘密だ。この強化ガラスの作り方はハイネ辺境伯家の秘密である。そうすれば、これ以上、ライオネルから追求されることはないぞ。
しかしライオネルは疑うような目をこちらに向けると、次にロザリアを見た。
「ロザリア様は作り方をご存じないのですか?」
「もちろん知ってるわよ! お兄様と一緒に作りましたもの。ここまで固くはなかったけど……」
「なるほど。ユリウス様、ロザリア様が知っておられるなら我々にも教えていただけますよね? 万が一と言うことがありますので」
どうやら言い逃れすることはできないようである。ライオネルに従って、すごすごと休憩所へと向かった。
話を聞いたライオネルは頭を抱えていた。作り方はそれほど難しくはない。やり方さえ分かれば、だれでもまねすることができるだろう。
「魔力をさらに込めた風魔法ですか。聞いたことないですね。そもそも、魔法に対してそのようなことができるのかも疑問ですな」
ライオネルが魔導師の方を見ると、その人は首を左右に振っていた。できないと言うことなのだろう。もしかして、俺が特殊なだけなのかな? 魔力のコントロールを極めているおかげで、そのような芸当ができたのかも知れない。
「そうなると、固い強化ガラスを作れる人はそんなにはいないのかも知れないな」
「少なくとも、かなり魔法に精通している人でないと無理そうですな。少しですが、安心しました」
魔法に精通した人と言えば、王宮魔導師団長とか、賢者とか、その辺りの人のことなんだろうな。そんな高位の人物が強化ガラスを作るとは思えない。物作りをするくらいなら、魔法の研究をするだろうし、その方がよっぽど世界に貢献できると思う。
「ライオネルを安心させるためにも、騎士団に所属する魔導師に強化ガラスを作ってもらおうかな? それでできあがった強化ガラスの固さを試験すれば安心できるよね」
「まあ、そうですな。御館様に話すのはそれからでも良いでしょう」
どうやらお父様に話すのは既定方針のようである。なんてこったい。もしかして、名剣が光った話もするのかな? 俺はその光景を見てないからすごく懐疑的なんだけど。一応、聞いておこうかな。
「ねえ、剣が光った話、本当なの? 全然気がつかなかったんだけど」
「おかしいですな。確かに光ったように見えましたけど」
「私にもそう見えましたわ」
ファビエンヌの言葉にロザリアもネロもリーリエもうなずいている。どうやら気がつかなかったのは俺だけらしい。どうして。何だか気持ちが悪いな。あの剣が俺を認めたから、俺の目がくらまないようにしてくれたのかな? まさかね。
「ライオネル、あの剣は光るのか?」
「とんでもありません。そんな話、聞いたことがありませんよ……あっ」
「……知っているのか、ライオネル?」
何かを思い出したライオネル。そんな声を上げたライオネルにみんなの視線が集中した。ちょっと恥ずかしそうにしながらコホンと一つ咳をした。
「そう言えば思い出したことがあります。これは私が子供の頃に祖父に聞いた話なのですが、その昔、とても強い騎士団長がいたそうです」
ライオネルの話によると、その騎士団長は幾度となく、ハイネ辺境伯領を魔物の手から救ったそうである。どうも昔は今よりも魔物が活発に動いていたみたいだな。そしてその騎士団長があの剣を使っていたそうである。
騎士団長が使う剣は光り輝き、どんな魔物も倒すことができたそうである。
「すごい人がいたんだね」
「はい。ですが、先ほどのユリウス様の剣を見るまで、騎士団長のすごさを誇張するための表現だと思っていました。何せ、その騎士団長は剣聖と呼ばれていましたからね」
今度は視線が俺に集まった。つまりあれか、もしかしなくても、剣聖に反応してあの剣が光ったと思われている? そんなバカな。俺は剣聖じゃないぞ。そもそも、そんな称号は持っていないからね。
「それじゃ、戻って新しい強化ガラスの作成に取りかからないといけないな。ライオネル、魔導師を借りて行くぞ」
「……いや、ユリウス様、さすがにごまかすのは無理があるのではないですかな?」
「ごまかすも何も、剣聖なんて称号、持ってないよ!」
「確かに今はそうですが……」
今は。実に嫌な感じの表現である。将来、そうなる可能性があるのかな? いや、まだだ。まだあせる段階ではない。俺よりも優れた人が登場すれば、その人が剣聖として称号をもらうはずだ。王都では定期的に剣術大会が開かれているみたいだし、時間の問題だろう。
「俺よりも剣聖にふさわしい人は他にもいるよ。今回はたまたま剣が光っただけだって」
「……この剣はユリウス様にお渡しするべきかと思います」
「いらないからね? 俺にはカインお兄様に買ってもらった剣があるからさ」
まあ正確に言えば刀なんだけどね。ゲーム内では刀の方を愛用していたので、両刃の剣はあまり思い入れがなかったりする。鑑賞するのは好きだったけど。集めていたのも、使うためじゃなくて、眺めるのが目的だった。
「その剣だって、きっと騎士団長のライオネルに使って欲しいと思っているはずだよ。何と言っても、長年このハイネ辺境伯領を守ってきた、由緒正しい剣だからね」
納得してくれたかどうかは分からないが、ライオネルはそれ以上何も言ってこなかった。代々騎士団長に伝承される剣を受け取るとかとんでもない。俺は剣を使って戦う立場ではなく、守ってもらう立場だからね。そのことをないがしろにしてはいけないのだ。
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