第368話 ハイネ辺境伯家の名剣

 ふうむ、とうなるライオネル。目を閉じてジッと考え込んでいる。何だかとっても怖いんですけど。その恐ろしさに声も出せずに黙っていると、ようやくライオネルが口を開いた。


「次は私がやろう」


 そう言って、腰にぶら下げてあった剣を抜いた。ライオネル、それって、ハイネ辺境伯家で一番すごい剣だよね? 俺、知ってるよ。代々、ハイネ辺境伯家の騎士団長に伝承される、ものすごい鍛冶屋が作った剣だって聞いたことがある。


 その場の空気が変わったような気がした。先ほどまでのざわめくような浮ついた空気ではなく、まるで周囲の温度が下がったかのようである。


 ファビエンヌの顔色も若干悪くなっているような気がする。どうやらライオネルは本気のようだな。そんなファビエンヌの手を握ると、すぐに握り返してくれた。

 もちろん反対の手はロザリアが握っている。


 地面に置かれた強化ガラスに対峙するライオネル。とってもシュールな光景だ。これが凶悪な魔物とかだったら絵になるのに。

 そんな不謹慎なことを考えていると、ライオネルが切迫の気合いと共に剣を振った。


「ハッ!」


 カン!

 無情にもライオネルの剣は跳ね返された。どうしよう、最後の一枚はどうせ試験するならと思って、かなりの魔力を込めたんだよね。それがまさか、こんな結果になるだなんて。無言のライオネルが怖い。


「ユリウス様?」

「し、試験は終了だよ! ほら、解散、解散!」

「そうはいきません。どうするのですか、このような代物を作って?」

「温室のガラスに使うんだよ。日の光がふんだんに差し込む暖かい温室。最高じゃないか」


 ため息をついたライオネルが頭を左右に振った。どうやらダメだったらしい。そうだよね、名剣でも切れないガラスなんてものがあったら、頭を抱えるよね。一体どうすれば……そうだ。


「ライオネル、この強化ガラスにも弱点はあるんだよ」

「と言いますと?」

「魔法には弱いんだ。もとの素材はガラスだからね。だから高温にさらされたらあっという間に溶けるよ」

「なるほど。ところで、その魔法に弱いところはどうにもならないのですかな?」

「え?」


 うーん、ライオネルは魔法にも強い強化ガラスをご所望なのかな? この強化ガラスの上からさらに魔法耐性をつけるように、魔法薬を塗布すれば、それも可能になるんじゃないかな? もしくは、魔法を跳ね返すような魔法薬を塗布する。うん、できそうだな。


「この強化ガラスの上に、さらに魔法薬を塗り重ねれば、魔法にも強い強化ガラスを作ることができるよ。もしかして、そっちが欲しかったりする?」


 あれ? ライオネルが首を左右にプルプルと振っているぞ。どうやら違ったらしい。もしかして俺、試されちゃいましたかね? 恐る恐る周りを見渡すと、全員がそろって絶句していた。もちろんファビエンヌもネロもである。


 気にしていなさそうなのは、事の重大さが良く分かっていないのであろう、ミラを含めた年少組だけである。これはあまり良くない傾向だ。なんとかしたいけど、どうにもならなそうである。


「さてと、このことをどのように御館様にお話しするべきか……それよりも、まずはこの強化ガラスの試験を終わらせなければなりませんな」

「い、今なら魔法で一撃だよっ!」

「そうはいきません。物理的に破壊できなければ、この強化ガラスは極めて厄介な代物になります。……そうですな、次はユリウス様が試してみてはどうですかな?」


 そう言ってライオネルが自分の剣を差し出した。え、いいの? ハイネ辺境伯家の名剣を使っちゃっても。

 ドキドキしながらその剣を受け取る。ドクドク、と何かが剣から伝わって来るような気がする。不思議な感じだ。こう見えても、ゲーム内ではそれなりにレアアイテムを集めるのが趣味だった。そのため、名剣とあらば気にならないはずがなかった。


 スラリと剣を抜く。うっとりするような刃の美しさである。使うのがもったいない。でも試してみたい。何だろうね、この相反する感情は。そんな熱に浮かされながら強化ガラスの前に立った。


 ライオネルでも切れなかった代物だ。俺も気合いを入れないといけないな。ここでこの強化ガラスを破壊できなければ、結界魔法よりも強力なアイテムを作り出したことになってしまう。


「ハッ!」


 精神を極限まで集中させ、気合いと共に剣を振り下ろす。音もなく強化ガラスがキレイに両断された。その勢いで大事な剣が地面も両断してしまった。慌てて引き抜く。怒ってないよね、ライオネル? チラ。


 ん? 何だかライオネルの様子がおかしいぞ。いや、ライオネルだけじゃない。他のみんなの様子もおかしい。今度はミラも年少組の様子もおかしい。

 何事もなかったかのように剣を鞘に収めたところで、ロザリアが聞いてきた。


「お兄様、今、その剣が光りませんでしたか?」

「え、そうなの? 全然気がつかなかったんだけど……」


 見渡すと、うんうんとみんながうなずいていた。どうやら光っていたらしい。さすがは名剣だな。まさかそんな仕掛けがあるだなんて。聞いてないよ。サッとライオネルに剣を返した。ライオネルは剣を見つめている。


「ユリウス様、今のは一体?」

「わ、分からないよ! 本当に何も知らないからね?」


 ようやく動き始めた騎士たちが切断された強化ガラスを調べ始めた。強化ガラスは割れずに切断された。思っていた結果とは違ったが、破壊できることは証明できたので問題ないはずである。


「すごい」

「キレイな切り口だ。ガラスが割れずに切断されるなんて、こんなの始めて見たぞ」

「さすがはユリウス様。剣聖とウワサされるだけのことはあるな」


 だれだ、そんな無責任なウワサを流したやつは! ネロとリーリエは首を振っている。そうなると二人じゃないな。ファビエンヌとロザリアはそのことについては知らないはず。

 残すはダニエラお義姉様とミーカお義姉様なんだけど……どっちも言いそうなんだよね。二人のどちらかな。いや、両方という可能性もあるのか。

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