第367話 バカな

 続けてもう一度、先ほど同じくらいの勢いで強化ガラスをたたいてもらった。今度はパリンと言う高い音を奏でて割れた。予想通り、ヒビが入ると割れやすくなるみたいだな。強化ガラスを使っても、ヒビ割れには十分に気をつけた方が良さそうだ。


「それじゃ、次はこれをお願い。さっきのよりも固いからね」

「マジッスか……」


 騎士が絶句している。先ほどよりも固いガラス。もう何が何だか、分からなくなっていることだろう。俺も分からなくなってきた。一体どれだけの強度があるんだ? 楽しみでもあり、不安でもある。


 次に用意した強化ガラスを先ほどと同じくらいの勢いでたたいてもらった。だがしかし、今度はカンと跳ね返された。

 だれも何も言わない。完全に無言である。騎士にうなずきを返すと、先ほどよりもあきらかに速い速度でハンマーを振り下ろした。


 カン。無情にも、振り下ろされたハンマーは跳ね返された。

 イヤイヤイヤイヤ、さっきよりも随分と勢いが強かったぞ。それでもダメなのか。さすがの俺も絶句していると、騎士が両手ハンマーを持って来た。よしよし、これならさすがに割れるだろう。


 振り下ろされるハンマー。今度はカチと言う音がしてヒビが入った。「やった」と俺が声を上げたのに対して、他の人たちはザワザワとさざ波のようにざわめいていた。うん、温度差を感じるな。


「ユリウス様、強化ガラスの見本はあといくつあるのですか?」

「えっと、全部で五枚だよ」

「……当然、これよりも固くなるのですよね?」

「そうだけど……?」


 あ、ライオネルが頭を抱えている。やっぱりまずいよね? 奇遇ですね。俺も今、そう思ったところなんですよ。今日はこのくらいで試験を終わろうかな。


「次の強化ガラスへ移りましょう。次はこれですね」


 ライオネルがテキパキと次の強化ガラスの準備を始めた。俺が準備するのを観察していたようで、無駄に無駄のない動きである。ネロも手伝っていた。ロザリアからは期待に満ちた目で見られ、ファビエンヌからは引きつった笑顔を向けられた。こちらも温度差があるな。


 用意された強化ガラスにハンマーが振り下ろされる。だが割れなかった。さらに勢いを増してたたかれたが、それでもヒビすら入らなかった。ついには大きな戦鎚が持ってこられた。そしてようやく割れた。


「ユリウス様?」

「えっと、性能試験は成功だね! 今日はこのくらいにしておこうか」


 白い目でこちらを見てきたライオネルに笑顔でそう言った。これはまずい。あと二種類残っているぞ。それもさらに固い強化ガラスが二種類。

 さてと、どうやってロザリアの口を塞ごうかな。他の人は黙っていてくれそう何だけど、ロザリアは話しそうと言うか、自慢したそうなんだよね。ほら、今も目を輝かせている。


「一体、どうすればこんなことになるのですか。それから、試験は継続させていただきます。これほどの代物、どのくらいの強度があるかを確かめなければ、心配で夜も眠れません」


 ニコリともせずにライオネルがそう言った。どうやら本気でそう思っているようだ。仕方がない。試験を継続せざるを得ないな。次の強化ガラスが準備された。

 結果、戦鎚では無理だった。今度は戦斧が持って来られた。ガンガンとガラスにたたきつけられる戦斧。とてもシュールな光景である。


「ダメみたいですね」

「どうするんだよ……」

「おい、一番上等な剣を持ってこい」


 ざわつく騎士たち。どうやら今度は力ではなく、技で攻めるようだ。

 何本かの剣が持って来られた。その頃になると、かなりの人数の騎士や魔導師たちが集まって来ていた。これはもう、内緒にするのは無理だろうな。


「ユリウス様、すごい物をお作りになりましたわね」

「そ、そうだね。俺もまさかここまで固くなるとは思ってなかったよ。もうちょっと手加減すれば良かったね。次からは気をつけるよ」


 ファビエンヌの笑顔が怖い。それもそうか。目の前でとんでもない物を作ったのだ。それに本人にはそのつもりがない。内心で頭を抱えているかも知れないな。ついにファビエンヌも俺のやらかしの洗礼を受けてしまったか。……まさか、婚約破棄とかしないよね? そんなことされたら、たぶん泣くよ? 俺。


 そんなことを思っている間にも、強化ガラスに剣が突き立てられた。さすがに今度ばかりは小さなヒビが入った。よしよし、さすがに今度ばかりは割れそうだぞ。その後に何度か剣でガンガンすると、ようやくパリンと割れた。


「なかなかの固さだったね。これならそう簡単には割れないね」

「……そうですな。それじゃ、次。これで最後だぞ。気を引き締めていけ」


 無表情のライオネルが怖い。そしてそれを聞いた騎士たちの顔も能面のようになっている。まずは先ほどと同様に剣でガンガンしていたが、今度は小さなヒビすら入らなかった。

 不審に思ったのか、騎士が剣を確認している。そしてその顔が驚愕の表情になった。


「どうした?」


 その変化に気がついたライオネルが声をかける。みんなの注目がその騎士に集まった。それに気がついた騎士はおもむろに剣をライオネルに差し出した。


「剣の刃が……欠けてます」

「なん……だと……?」


 受け取った剣を確かめるライオネル。その顔が「バカな」みたいな顔になっている。俺も「バカな」って言いたい。

 確かその剣って、上等な剣だよね? どのくらいの業物なのかは分からないけど、それってまずいよね? 高いよね? どうしよう。


 そして「さすがですわお兄様」みたいな目でこちらを見ているロザリアもどうしよう。ファビエンヌとネロは……笑顔を絶やさないのが逆に怖い。何を考えているんだ。

 リーリエとミラは……うん、ロザリアと同じだね。実に楽しそうな目をしてる。

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