第366話 婚約者推し
昼食も終わり、約束通りにみんなで庭を散歩する。みんなコールドクッキーを食べているので、暑さ対策は万全だ。日差しが強そうだったので、事前に日焼け止めクリームを塗っている。
「もうすぐ夏ですわね、お兄様」
「そうだね。また忙しい季節がやって来るよ。今年はどうなることやら」
「キュ」
夏になれば、ハイネ辺境伯領には多くの貴族が夏の暑さをしのぐためにやって来る。そしてそのシーズンは競馬が盛んに行われるのだ。俺が余計なことを口走ったばかりに、「ハイネ辺境伯家と言えば競馬」という構図ができあがっていた。
「ミラも暑くなさそうだね」
「キュ!」
毛玉のミラはこの中で一番暑そうなのだが、コールドクッキーのおかげで問題なさそうである。しかし、コールドクッキーを毎日食べさせるわけにはいかない。ここは抜本的な対策が必要だろう。
「ミラの毛を刈らないといけないね」
「キュ?」
何かを察したミラが慌ててファビエンヌにしがみついた。どうやら俺がファビエンヌには手を出せないことを知っているようである。賢い。でもね、ミラ、ファビエンヌを盾にするのはどうかと思うんだよね。
「ほら、ミラ、そんなにファビエンヌにベッタリと引っ付くと暑いだろう?」
「それが、そうでもありませんわ。これがコールドクッキーの効果でしょうか」
ファビエンヌが自分の体の変化に驚いているようだ。ロザリアも気になったのか、ミラを引っ張り寄せて抱きしめている。ネロとリーリエも体を確かめていた。
「確かに暑くありませんわ。これが魔法薬の効果ですのね。すごいですわ!」
「本当ですね。暑くありません」
「すごいです!」
リーリエも喜んでいる。この季節になると、外に出れば汗をかくことになるからね。メイド服もそれなりの厚みがあるし、きっと暑いのだろう。夏用のメイド服とかないのかな?
「コールドクッキーの効果は十分に確かめられたかな。長時間家から出るときには使った方が良さそうだね」
「領都に出かけるときに使うと良いですね」
ネロも太鼓判をおしてくれたことだし、コールドクッキーの試験はこのくらいで良いだろう。次の試験をするべく、騎士団のところへと向かうことにした。
季節が進むに連れて、外の気温はグングンと上がっているようだ。さすがの騎士団もこの暑い時間帯には訓練をしていなかった。実験用の強化ガラスを訓練場の片隅において、先にファビエンヌが作ったコールドクッキーを届けることにした。
執務室に向かうと、そこにはライオネルの姿があった。
「ライオネル、追加の魔法薬を持って来たぞ」
扉をノックしてから中に入る。この部屋には冷温送風機が設置されているので、ライオネルは涼しい顔をして仕事をしていた。
勢ぞろいしている俺たちを見て、片方の眉を器用に上げた。
「これはこれは、ありがとうございます。ところで、何か試験でも行うつもりですかな?」
「さすがはライオネル。強化ガラスの試験を行おうと思っているんだよ」
「強化ガラス?」
「割れにくいガラスのことだね。それで、何人か騎士を借りたいんだけど良いかな?」
アゴに手を当てて考え込むライオネル。割れにくいガラスと聞いて腑に落ちないようである。そりゃそうか。ガラスと言えば、ちょっと衝撃を当てるとパリンと割れる代物だからね。それの試験を行うとなれば、危険だと判断するのが普通だろう。
「分かりました。もちろん許可しますが、私もご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「それは構わないけど、騎士団の仕事は大丈夫なのか?」
机の上にある書類の束に目を向ける。騎士団長として、ライオネルは現場の仕事だけでなく、このように机での書類仕事もあるのだ。上に立つ者は大変だな。
「心配は入りませんよ。それよりも、ユリウス様たちが何をなさるかの方が心配です」
こりゃ一本取られたな。さすがはトラブルメーカーとして認知されているだけはある。それなら許可するしかないな。なるべく早く試験を終わらせて、ライオネルを解放しないといけない。
俺たちはすぐに訓練場へと向かった。途中で出会った騎士に、追加の魔法薬が入った木箱を渡す。
「これはコールドクッキーですね! ありがとうございます」
「ファビエンヌが作ったコールドクッキーだから、心して食べるように」
「もちろんです!」
「もう、ユリウス様!」
ファビエンヌが顔を赤くしてほほを膨らませた。いいじゃない、自慢の婚約者を前面に押し出しても。ほら、騎士もニコニコ顔だぞ。そんなファビエンヌを連れて先ほど訪れた訓練場の片隅に到着した。
ライオネルが声をかけていたので、騎士たちが次々と集まってきた。
「これが強化ガラスですか」
「そうだ。これをハンマーでたたいてもらおうと思ってさ」
見上げると、騎士たちが困ったような顔をしている。こいつは一体、何を言っているんだとでも言いたそうである。だがしかし、俺の意見を否定することはできなかったらしく、渋々といった感じでハンマーを持って来た。
「本当にこのガラスをハンマーでたたくのですよね?」
「そうだよ。これが一番固くない強化ガラスだから、まずはこれからにしよう。まずは念のために軽くたたいてよ」
「わ、分かりました」
騎士が片手ハンマーで軽く強化ガラスをたたいた。そうは言ったものの、普通のガラスならパリンと割れる程度の勢いがあった。
しかし、みんなの予想とは裏腹に「カン」と甲高い音を立てて跳ね返された。おおお、とどよめきが上がる。
「すごいですわ! 割れませんでした」
ロザリアがキラキラした目でこちらを見ている。ファビエンヌとネロとリーリエは驚き顔だ。見た感じ、強化ガラスには傷一つついていなかった。
「それじゃ、もうちょっと強くたたいてみてよ。次は割れるかも知れないから、気をつけて」
「承知しました!」
ハンマーを持った騎士が、今度は先ほどよりも勢い良く、ハンマーを振り下ろした。それでも割れずに跳ね返された。だが、今度は「ピキ」という小さな音がした。どうやらヒビが入ったようである。これは次に同じくらいの強さでたたくと割れるな。
「まさかこんなガラスがあるとは……驚きですな」
ライオネルが絶句している。でもこれ、一番固くない強化ガラスだよ? 何だか続けて試験するのが怖くなってきた。一番固い強化ガラスが騎士団が使う剣よりも固かったらどうしよう。
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