第365話 斜め上
ファビエンヌを調合室に送り届けると、すぐに工作室へと戻った。まずは強化ガラスを作ってみようと思っている。準備はすでにネロが整えてくれていた。
「ユリウス様、これで大丈夫ですか?」
「さすがネロ。問題ないよ。まずは加熱して……」
ガラスペンを作るときに作った魔道具を使って、小さなガラスを温めていく。さすがにいきなり大きな板ガラスで実験するのははばかられた。万が一、パリンと割れたら掃除が大変だからね。感覚をつかむためにも小さいもので実験だ。そう、俺は慎重な男。
そんな俺の様子をロザリアとミラが食い入るような目で見ていた。ロザリアにもできるかな? そう言えば、ロザリアが魔法を使っているところをあまり見たことがないな。後で見せてもらおうかな。
温めたガラスに風魔法を使って急速に冷やした。効果を比較するために、風魔法を使う際に込める魔力量を変化させたものをいくつか用意した。これで良し。合計で五つの小さな強化ガラスが完成した。
「これで完成だ。あとは試験だな」
「見た目は全く同じですね」
「うん。でも強度は違うみたいだね」
鑑定結果によると、どうやら魔力量を増やしたものの方が固いようである。とても固い強化ガラスを作るにはかなりの量の魔力が必要になるな。だがそこまですれば、ちょっとやそっとでは破壊できないようである。馬車の窓に使うならこちらの方が良さそうだ。
「ユリウス様、どうやって実験するおつもりですか?」
「ハンマーでたたく」
「き、危険過ぎます!」
ネロにハンマーを取り上げられた。素早い。思わず見逃してしまうところだった。でもそれじゃ、試験できないよね?
「午後から騎士団に強化ガラスを持って行って、そこで試験してもらいましょう」
「そうするか。ここにはロザリアもミラもリーリエもいるし、危険だったね」
試験は午後からすることになったので、ロザリアにも強化ガラスを作ってもらうことにした。もちろん、ついでにロザリアの魔法を見るためでもある。
「それじゃロザリア、風魔法だよ」
温め終わったガラスをロザリアの前に差し出した。ガラスは俺が持っているので落として割れることも、熱さで火傷することもない。あとはロザリアの風魔法次第である。
「ぐぬぬ」
ロザリアが風魔法を使う。だが、あまり力強さは感じられない。そうなると、込められた魔力量が少ないということになる。そよ風のような優しい風がガラスに吹き付けられた。これならロザリアのような優しい強化ガラスができあがるぞ。
「ど、どうですか、お兄様?」
「うん、良くできているよ」
ロザリアの顔からは汗が吹き出ていた。どうやら本気で魔法を使ったようである。もしかすると、ロザリアはあまり魔法が得意じゃないのかな?
そう思っていたのだが、良く考えれば俺が異常なだけなのかも知れない。これが普通の子供の魔法なのだろう。
これはロザリアに強化ガラスを作ってもらうのは、まだ先の話になりそうだな。それまでは俺一人で作ることになるのか……いや、ネロとファビエンヌにも協力を要請してみよう。
「ネロ?」
「な、何でしょうか?」
俺の意図を察したのか、若干顔が引きつっている。ネロも執事の仕事ばかりでは飽きるだろう。ここは俺が新しい世界へと引きずり込まなければならないな。
「次はネロの番だよ」
「や、やっぱり?」
予想はしていたようである。さすネロ。新たに熱したガラスを用意して、ネロに風魔法を使ってもらう。こちらは一緒に魔法の訓練を行っているので、それなりに実力を知っている。
「ど、どうでしょうか?」
「うん、良いと思う。これならなんとかなりそうだな。あとはファビエンヌか」
「ファビエンヌ様にもお願いするつもりですか。さすがにちょっと大変なのでは?」
「そうかも知れないね。それでも一度、試してもらおうかな」
そうこうしているうちに昼食の時間になった。ファビエンヌと合流して、魔法のことを聞いてみる。
「ファビエンヌはどのくらい風魔法を使えるのかな?」
「風魔法ですか? その、あまり得意ではないですね」
「そっか。もしかして、魔法は全般的に得意じゃないのかな?」
「そうですね、どちらかと言えば苦手ですね」
ファビエンヌの顔が曇った。これ以上、この話題を引っ張るのは良くないな。苦手だと分かっただけでも良かった。強化ガラス作りは俺とネロで行うことにしよう。
それにしても、あれだけ魔法薬を作ることができるのに、まさか魔法を使うのが苦手だとは思わなかった。ちょっと予想の斜め上だったな。もしかすると、ファビエンヌは優しいから、だれかを傷つけるような魔法は苦手なのかも知れない。
昼食を食べながら、午後からは庭を散歩した後で騎士団のところへ行くことを告げた。ファビエンヌは午前中の間に、かなりの量のコールドクッキーを作ったようである。
「私も一緒に行きますわ。できあがったコールドクッキーを届けたいと思っていましたのよ」
「それならちょうど良かった。一緒に行こう」
「お兄様、私も一緒に行きますわ。強化ガラスがどんな力を持っているのか、気になりますわ」
「キュ!」
「分かったよ。それじゃ、みんなで行くとしよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。