第362話 ちょっとした高いお菓子
「それではさっそくコールドクッキーの魔法薬を試させていただきましょう」
「それなら私が」
「私も試してみたいです!」
周りの騎士たちよりも、ちょっとだけ横幅がある人たちが手を上げてくれた。それに女性の騎士も手を上げている。体が涼しくなれば汗をかかなくなるかも知れない。それに期待しているのだろう。
全員に試して、万が一、何かあるといけないので、その人たちに試してもらうことにした。もちろん事前に魔法薬の効果は『鑑定』スキルで確認してあるので問題ない。問題があるとすれば、持続時間がどのくらいの長さになるかだろう。
長すぎても、短すぎても困るのだ。布団に入った後でも寒さで震えるようではさすがにまずい。
コールドクッキーを受け取った騎士たちはためらうことなく食べた。さすがゲロマズ魔法薬に耐性があるだけはあるな。それらに比べるとただのお菓子だと思っているのかも知れない。まあ、間違ってはいないけどね。見た目はどう見てもクッキーだ。
「どうかな?」
「おいしいです」
「甘くておいしい。ちょっとした高いお菓子ですよ」
「まあ、砂糖が入っているからそうかもね」
「砂糖!」
庶民にとって砂糖はまだまだ高級品である。騎士たちはそれなりに給金をもらっているので、砂糖入りのお菓子を買うことはできるだろう。だが、この反応を見ると、気軽には買えないみたいだな。
「俺も立候補すれば良かった」
「俺もだ……」
ガッカリしている騎士たちに、問題がなければ正式に支給するつもりだと言うととても喜んでいた。その間、ファビエンヌは魔法薬を食べた騎士たちを観察していた。
きっと『鑑定』スキルを使って診ているはずだ。体に悪影響があれば、すぐに分かるはずである。
「どう? ファビエンヌ」
「問題なさそうですわ。『暑さ耐性』という文字が見えますわ」
「ベリーグッドだね」
「え?」
「ああ、すごく良いねってことだよ」
コソコソと二人で頭を寄せ合って話す。ファビエンヌが『鑑定』スキルを身につけたことは、しばらくは伏せておきたいと思っている。なにげに『鑑定』スキルは希少価値の高いスキルなんだよね。ファビエンヌに余計な火の粉が降りかかるのを全力で回避する。
そんな俺とファビエンヌを周囲の騎士たちが温かい目で見守っていた。たぶん仲がむつまじいと思われているのだろう。悪い気はしないがちょっと恥ずかしい。
俺も魔法薬を食べた騎士たちを『鑑定』スキルで確認して見たが、結果はファビエンヌと同じだった。今のところ問題なさそうだ。
「それじゃ、夕方にまた来るよ。それまで体調変化には十分に気をつけておいて欲しい」
「分かりました。お任せ下さい」
まだ気温はそれほど上がっていない。効果が実感できるのはこれからだな。訓練をして、日がもっと高くなれば、魔法薬の効果が現れるはずである。ライオネルと騎士たちに挨拶をして屋敷に戻った。
「これから商会に行って来るよ」
「分かりましたわ。私はお義姉様たちにプレゼントする日焼け止めクリームを作っておきますわ」
「頼んだよ」
「はい。頼まれました」
ニッコリとほほ笑むファビエンヌ。俺の顔もニコニコ顔になっていることだろう。ファビエンヌがいるおかげで、体が二つになったようなものである。これは今後の魔法薬の開発がはかどりそうだぞ。
ファビエンヌを調合室に送り届けると、その足で商会へと向かった。屋敷にはロザリアもミラもいるし、大丈夫だろう。念のため、ミラにファビエンヌのことをお願いしておいた。報酬はもちろんドライフルーツである。尻尾振って喜んでた。
商会に到着すると、すぐに会議室へと呼び出された。お父様はもう少ししたらこちらに来るらしい。その間に、粗方の方針を決めておきたいようである。
テーブルにはアレックスお兄様の他に、温室の建築を担当すると思われる親方の姿があった。この人、見たことあるぞ。
「お久しぶりです、親方。シャワールームを作ってもらって以来ですね」
「ユリウス様、覚えて下さっていたのですね」
「もちろんですよ」
話によると、シャワールームは他の貴族の屋敷でも話題に上がっていたそうである。知らなかった。どうやら俺の知らないところでいくつも建築していたらしい。
貴族は大小はあれど、護衛の騎士を雇っているからね。その人たちのために作ったのだろう。
よその貴族がシャワールームを設置して騎士たちをねぎらっているのに、自分だけはそれをやらない、ということは、貴族のプライドが許さないようである。ほんと、貴族が絡むともうけが増えるな。きっと親方たちも随分とお金を稼いだことだろう。この場でニコニコ顔なのはそれもあると思う。
「新しい温室を作ると聞いています。ぜひとも我々にお任せ下さい」
親方と一緒に来ていた職人たちがそろって頭を下げる。自信たっぷりの顔つきだな。色んな貴族の家で建築したことが自信につながっているようである。
さっそくアレックスお兄様を加えて話し合いが始まった。
部屋の区分は試験室と実践室で分けてもらい、魔道具の点検をやりやすいように、魔道具を置くための専用の部屋を作ってもらうことにした。
「魔道具はどうされるのですか?」
「他の温室で使われているものを使いたいんだけど」
あれ? 親方たちが微妙な顔をしているぞ。何か問題がありそうだ。アレックスお兄様を見ると、そちらも微妙な顔だ。
「温室を作る家はまだ少ないからね。温室で使うような魔道具は一般的に売られていないんだよ。魔道具ギルドに受注して作ってもらうことになるね」
「ああ、なるほど。それなら私が作りますよ。もちろんロザリアと一緒にですが……」
慌てて付け加えた。俺だけで作ると絶対に問題になる。ここはロザリアの名前も出して、アレックスお兄様の意識を分散する方が良いだろう。これならお父様も渋い顔をしないはずである。
ロザリアの才能は開花済みだ。問題ないはず。
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