第361話 コールドクッキー

 なんだかんだと薬草園でファビエンヌに品質の講義をしているうちに、思った以上に時間がすぎてしまっていた。慌てて屋敷に戻ると、その足でサロンに向かう。

 本当はすぐに調合室に行きたかったのだが定期的な休憩は必要だ。無理をしてはいけない。何かあったら大問題だ。


「お茶の時間が終わったらコールドクッキーを作ろう」

「ちょっと薬草園で取り乱してしまいましたわ」


 ほんのりとほほを赤く染めたファビエンヌが申し訳なさそうにテーブルの上に視線を落とした。ファビエンヌが悪いのではない。俺もテンションが上がっていたと思う。


「それは俺も同じだよ。ファビエンヌが『鑑定』スキルを取得できそうだったからね。もう少しで完全にコツがつかめるようになると思うんだけど」

「はい。私ももう少しで身につけられそうな気がしますわ」


 本人に手応えがあるのは良いことだ。それが自信につながって、取得スピードも高まるはずだ。たぶん。

 以前にロザリアが『クラフト』スキルをいつの間にか身につけていたときに、どうやって覚えたのか聞いたことがある。そのときの返事は「分からない」だった。つまり、いつの間にか取得しているのがスキルという概念なのだ。


 そうなると、ファビエンヌに頑張ってもらうしかない。俺ができるのは自身の鑑定結果をファビエンヌに教えて、間違いがないかを確認することくらいである。ちょっと無力感にさいなまれるな。頑張れ、ファビエンヌ。応援してるぞ。


 お茶の時間も終わり、調合室へやって来た。素材の準備は昨日の段階で終わらせていたので、あとは作るだけである。


「基本的な作り方はホットクッキーと同じだよ。違うところは、唐辛子の代わりに、ブルースライムの粘液を入れることくらいかな?」

「あの、前に素材を聞いたときにも聞きたかったのですが、ブルースライムの粘液なんてものを使っても、大丈夫なのでしょうか?」

「生きたブルースライムを使うわけじゃないからね。それに魔法薬の素材には魔物の素材もたくさん使われているから大丈夫だよ」


 納得したような、していないような、微妙な顔をするファビエンヌ。素材だけ見ると顔をしかめることになるかも知れないけど、魔法薬になってしまえば何が使われているのかはほぼ分からない。

 魔法薬師として魔法薬を作る立場でない限り、詳細な中身を知ることはできないのだ。


 素材を混ぜてコールドクッキーを作ってゆく。すでに何度もホットクッキーを作っているので、魔法薬作りはお手の物である。ブルースライムの粘液を入れるときにはファビエンヌの表情が無表情になっていた。

 完成したコールドクッキーを鑑定する。うむ、品質は高品質だな。味も効果も問題ないし。


「ファビエンヌもしっかりと観察してみてよ」

「むむむ……えっと、高品質ですわね? それに効果時間も長そうですわ」


 うんうんと相づちをうちながらファビエンヌの鑑定結果を聞く。問題なさそうである。これはスキルを取得したと言っても良いのではなかろうか?


「俺の鑑定結果と同じだよ。これでファビエンヌも『鑑定』スキルを身につけることができたね」

「そ、そうなのでしょうか? まだ時間がかかりますし、あまり自信がありませんわ」

「大丈夫、すぐに慣れるさ。今の感覚を忘れないようにね」

「はい!」


 ファビエンヌがうれしそうに笑う。本当に良い子だね、ファビエンヌは。完成したコールドクッキーをさっそく騎士団に持って行って効果の確認を行おうとしたのだが、ちょっと時間が遅くなってしまったようだ。すでに日が傾きかけていた。


「効果の確認は明日にしよう。明日は温室の話し合いがあるから、その間にファビエンヌはお義姉様たちに送る日焼け止めクリームを作っておいてくれないかな?」

「分かりましたわ」




 翌日、ファビエンヌを迎えに行くとすぐに騎士団のところへ向かった。今日の天気は快晴。人体実験するにはピッタリの陽気である。

 怪しげな箱を持ってきた俺たちに、すぐに騎士たちが気がついた。


「おはようございます、ユリウス様、ファビエンヌ様。あの、そちらの箱は?」

「これはね、コールドクッキーだよ。これを食べれば一日中体が涼しくなる、かも知れない」

「おおお!」


 ちょっと悪ふざけを言ったつもりだったのだが、騎士たちは全く気にしていないようである。その様子を見たファビエンヌも苦笑している。信頼されているんだろうけど、ツッコミくらいは欲しかった。

 騎士たちと騒いでいると、すぐに騎士団長のライオネルがやって来た。


「ユリウス様がまた怪しげな魔法薬を持っていらっしゃったとか!」

「さすがはライオネル。良く分かってる」


 二人で顔を見合わせて笑った。ライオネルとは付き合いが長いからな。その間に色んな魔法薬を試させてもらっている。きっとまた期待していることだろう。その期待を裏切らないようにしないといけないな。


「これはコールドクッキーと言って、食べると体が涼しくなる魔法薬だよ。ホットクッキーの逆の効果があると思ってもらっていい」

「体が涼しくなる……これからの季節にピッタリですな」

「うん。そうなんだけど、どのくらい涼しくなるのかや、効果時間を、実際に使ってみて確かめてもらいたいんだ。場合によっては、もっと使いやすい魔法薬にすることができるかも知れないからね」


 集まって来た騎士たちが目を輝かせてコールドクッキーを見つめている。これからどんどん暑くなる一方だからね。騎士団にはシャワールームがあるとはいえ、不快感は感じていることだろう。


「ファビエンヌ様も一緒に作られたのですかな?」

「ええ、そうですわ。ユリウス様と一緒に作らせていただきましたわ」

「それなら大丈夫ですな」

「どういう意味だよ、ライオネル」


 俺のツッコミに笑いが起きた。これで騎士たちの間でも、ファビエンヌが作った魔法薬としてウワサが広がることだろう。そうなれば、ファビエンヌの人気も高くなるはずである。

 ナイス、ライオネル。良く分かってる。

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