第360話 だれにも言いませんわ

 ファビエンヌと一緒にコールドクッキーを作る前に、まずは薬草園に向かった。今日は朝一で商会に閉鎖装置の取り付けに行ったので、薬草園の水やりがまだなのだ。

 本当はこの時間に水やりをするのはあまり良くないのだが、水にたっぷりと魔力を込めておけば、日差しによる水の蒸発を防いでくれるだろう。


「魔法ってなんでもありだな」

「どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもないよ。ほら、薬草園が見えて来た」


 薬草園への水やりは、普段はファビエンヌを迎えに行く前に行っている。そのため、ファビエンヌがこの薬草園を訪れるのは久しぶりである。改良型植物栄養剤の効果も出始めているので、見学するのにはちょうど良い時期だった。


「随分とたくさんの葉が茂っているような……私の家の薬草園では、ここまで薬草の葉は生い茂りませんわ」

「改良型植物栄養剤の効果だと思うよ。こっちは葉の茂り具合は普通だけど、生長が早いみたいだ。魔法薬の効果が長く現れるんじゃないかと思っているよ」

「ユリウス様、これは?」


 モッサリと見慣れぬ草の塊を指差したファビエンヌ。見た感じ、大きなマリモである。

 ここは薬草園。なのでそこに生えているものはそれに関係するものだ。


「あれも一応、薬草だよ。この区画は改良前の植物栄養剤を使った場所だからね。効果がありすぎたんだと思う。もうあれはあれで、そのまま様子を見ようかと思っているよ。素材として使うのが怖い」

「……」


 絶句するファビエンヌ。これが魔法薬の怖さである。枯れはしないが、明らかに異常を来しているようだ。まるで遺伝子組み換えが失敗したかのようである。さすがの俺でもこれを使うのはやめた方が良いことくらいは分かる。


「魔法薬は慎重に使わないといけないよ。効果が高い魔法薬は特にね。気をつけた方がいい」

「勉強になりますわ。それなら、例えばですが、上級回復薬を使うよりも、初級回復薬を使った方が体には良いのですか?」

「いや、上級回復薬くらいなら問題ないよ。でもその上の完全回復薬なんかは、もしかすると副作用があるかも知れない。傷を治すために、過剰に体力を消耗するとか、魔力を消耗するとか……」


 ゲーム内では連続して完全回復薬を使うことができなかったんだよね。もしかすると、それがこの世界では副作用として影響が出るのではないかと思っている。

 あれ? ファビエンヌが口元に手を当てて、青い顔をして震えているぞ。一体、どうしたのだろうか。なんかまずいこと言ったっけ? 俺は慌ててファビエンヌを抱きしめた。


「気分が悪いのか?」

「い、いえ、違いますわ。完全回復薬……などと言うものが本当にあるのでしょうか?」

「あるよ。素材がレアすぎて、そう簡単には手に入らなそうだけどね」


 ファビエンヌを安心させるように努めて笑顔を向ける。もしかしてファビエンヌは完全回復薬の存在にビックリしたのかな。そんなことってある?


「完全回復薬だなんて、単なるおとぎ話だと思っていましたわ」

「え? ま、まあ、そ、そうだよね?」

「……ユリウス様は作れるのでしょう?」

「……うん」


 未来の奥さんにウソは良くない。ウソをついてもいずれ発覚するのだ。そのときに「こんなはずじゃなかった」と言われるよりかは良いだろう。覚悟があるのと、ないのでは大違い! だと思うことにした。

 ファビエンヌがギュッとしがみついてきた。かわいい顔が近づいてくる。


「今のお話はだれにも言いませんわ」

「う、うん。そうしてもらえると助かるよ」


 ファビエンヌの震えは完全に収まったが、俺を見つめるその瞳には強い光が宿っていた。なんだろう、死んでも俺を守るみたいな目をしているな。だがそれは止めて欲しい。ファビエンヌは俺が守る。

 背中をなでて安心させながら、お互いが落ち着くのを待った。


「この葉が茂った薬草は、一株でたくさんの素材を入手できるので良さそうですわね」

「そうだね。でもちょっと品質が良くないみたいだね。魔法薬を大量生産するときには使えるかも知れないけど、普段使いには向いてないかも」


 鑑定すると、いつもは高品質だったものが、普通の品質になっていた。栄養が他の葉に持っていかれるのかも知れないな。こればかりは仕方がないか。でも、使い道はあるな。


「そうなのですね。それではこちらの葉がキレイな緑色をしているものはどうですか?」

「これは……最高品質の薬草だ! ついに手に入れることができたぞ」


 どうやら土の改良だけでは最高品質にまで、品質を引き上げることはできないようだ。土と肥料と水の合わせ技が必要なようである。これは入手するのに手間がかかるな。大量生産するのは難しいだろう。


「これが最高品質の薬草……確かに他のと比べても、力強さを感じますわ」

「あれ? もしかして、ファビエンヌにも『鑑定』スキルが芽生え始めてる?」

「そうなのですか?」


 どうも自覚はまだないようで首をかしげていた。だが、何かを感じられるようになっているのは確かなようだ。あとはその感覚を研ぎ澄ましていけば、スキルをゲットできるはずである。

 そのような話をファビエンヌにすると、ますますやる気を出していた。


「きっと『鑑定』スキルを身につけて見せますわ」

「魔法薬師にとってはぜひとも欲しいスキルだからね。俺もできる限り協力するよ」


 薬草園を周りながら、これは何、この品質はこれ、と説明して回った。その結果、品質が低いのか、高いのか、くらいの判断ができるようになった。

 完全に取得するまでにはもう少し時間がかかりそうだが、着実に前進しているのは確かだな。これでファビエンヌも、高名な魔法薬師になるための大きな一歩を踏み出すことができたぞ。

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