第359話 夏への備え

 それから数日かけて、商会に設置する閉鎖装置が完成した。その間に、ファビエンヌの送り迎えにも慣れてきた。ファビエンヌにもようやく余裕が出てきたみたいで、少々速度を出しても大丈夫になっている。


 ファビエンヌを家に送るのがちょっと遅くなったときなんかは、宵の空にひときわ輝く星を見ながら、空のちょっと高いところを飛んだりもしていた。完全にドライブデートである。


「今日は商会に閉鎖装置を設置しに行こうと思っているよ」

「アレックスお義兄様がお喜びになりますわね」


 屋敷にファビエンヌを迎え入れるとすぐに行動を開始した。事前にロザリアにも言っていたので準備は万全だ。閉鎖装置を入れた箱をネロが馬車へと運んでいる間に、小さくなったミラがロザリアのポシェットに収まった。


「お兄様、帰りに工房を見学しても良いですか?」

「もちろん構わないよ」


 屋敷を出発してから商会に向かう。夏の日差しが段々と強くなっているな。ハイネ辺境伯領は避暑地として有名なのでそれほど暑くはないのだが、もっと南の領地ではすでに暑くなっていそうだ。


 王都の学園に通っているカインお兄様とミーカお義姉様は元気にしているかな。夏バテとかしてないよね。ちょっと心配になってきた。

 これはコールドクッキーと日焼け止めクリームを準備して、二人に送りつけるべきだろうか。


 少なくとも、ダニエラお義姉様とミーカお義姉様には日焼け止めクリームを送っておいた方が良いような気がする。夏休みにハイネ辺境伯家へ戻って来たときに、お母様たちだけ日焼け止めクリームで肌がキレイになっていたら絶対に怒られる。


 問題は学園でウワサにならないかだな。手紙に試作品なんで他の人には自慢しないように書いておこう。そうでなければ、あっという間に学園でウワサになりそうな気がする。


「閉鎖装置の仕事が片付いたら、コールドクッキー作りに取りかかろうか」

「はい! 楽しみにしておりますわ」


 今日もかわいい俺の婚約者が笑った。数回分の素材は確保してあるので、コールドクッキーの評価を聞いてから量産するかどうかを検討しよう。騎士団には差し入れとして持って行こう。決して人体実験のためではない。


「アレックスお兄様、装置の取り付けに来ましたわ!」

「待っていたよ、ロザリア」


 ニコニコ顔のアレックスお兄様が出迎えてくれた。ここのところ、毎日のように顔を出しているからな。ダニエラお義姉様がいない寂しさにも慣れて来たのかも知れない。

 すぐに装置の設置作業を開始した。事前にどこに設置するのかを聞いていたので、ロザリアと手分けして装置を設置する。


 ロザリアの安全担当はアレックスお兄様である。こちらにはネロがいるからね。ファビエンヌにはミラのお世話をお願いした。まあ休憩室でミラにひたすらドライフルーツをあげる係なんですけどね。お互いに喜んでいるので良しとしよう。


 サクッと設置してから休憩室に戻って来ると、ロザリアたちはまだ戻って来ていなかった。ファビエンヌと一緒にドライフルーツをつまむ。


「王都にいるお義姉様たちに日焼け止めクリームを送ろうかと思っているんだ。香りは何が良いと思う?」

「そうですわね、ダニエラお義姉様にはバラの香りを、ミーカお義姉様にはジャスミンの香りをしたものが良いのではないでしょうか」

「よし、それじゃあそうしよう。男の俺じゃ、良く分からないからね」

「そんなことありませんわ」


 そう言ってファビエンヌは笑ってくれるが、本当に分からないのだ。いや、匂いが良いのは分かる。だが、どれが自分に合っているのか分からない。

 香りをつけた日焼け止めクリームは予想以上に貴族の奥様方に人気になっていた。もちろん、ファビエンヌのお母様にもプレゼントした。すごく喜んでいたな。


「コールドクッキーも一緒に送りたかったんだけど、嫌な予感がするんだよね」

「嫌な予感……私もなんだか嫌な予感がしますわ」


 ファビエンヌの声がくぐもった。どうやら意見が一致したようである。……やっぱり俺ってトラブルメーカーなのかな? もう少し自重した方が良いのかな。でも、みんなには便利になって欲しいし、俺も暑さで汗だくになるのは嫌だ。


「まずは俺たちと騎士団だけで試すとしよう」

「大丈夫なのですか?」

「体を張るのが騎士団の仕事だよ」


 会心の笑顔をファビエンヌに向けると、困ったかのように眉が下がった。どうして。ミラも半月のような目でこちらを見ていた。

 なんだか気まずい空気になったところでロザリアとアレックスお兄様が休憩室へ戻って来た。


「ユリウスたちも無事に設置が終わったみたいだね。こちらも問題なく終わったよ」

「お疲れ様です、お兄様。ロザリアも良く頑張ったね」

「頑張りましたわ!」


 うれしそうな表情である。自分の作ったものが目の前で人の役に立つ形になったのだ。これまでにない高揚感を得ていることだろう。魔道具師として、さらに大きな階段を上ったな。


 すぐにお茶が用意された。すかさずロザリアがミラにドライフルーツを食べさせ始めた。止めようかとも思ったけど、そもそもミラに取って食事は何の意味もない、ただの嗜好品である。気にしなくても良いかな?


「ユリウス、明日から温室の工事を始めることになるよ。まずは見取り図から作ることになると思うから、参加したもらえないかな?」

「もちろんですよ。こちらで話し合いをするのですよね」

「そうなるね。お父様もこちらに来るみたいだから、よろしくね」


 ようやく温室の建築が始まるみたいだ。ちょっと忙しかったからね。ようやく商会も落ち着いてきたということなのだろう。冬になる前には完成するだろうし、問題はないかな?

 休憩が終わると屋敷へ戻り、昼食を食べてから午後の作業に移った。

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