第358話 日焼け止めクリーム
無事に装置を設置して屋敷に戻ってきたころには、もう夕暮れ時になっていた。そろそろファビエンヌを家に送る時間である。
「コールドクッキーと日焼け止めクリームはまた明日だね。午前中には日焼け止めクリームを作っておきたいところだね」
「もちろん私もお手伝いいたしますわ」
「頼んだよ、ファビエンヌ」
はにかむように笑うファビエンヌの頭をなでたいのを必死に我慢して、大きくなったミラに乗った。その頭をポンポンとなでる。
「ミラ、頼んだよ」
「キュ!」
思わぬところでドライフルーツを食べることができたミラが上機嫌で答えた。甘い物でつれるのか、ミラ。これは色んな種類の甘味を用意しておいた方が良いかも知れないな。
夏に備えてアイスやシャーベットでも作るかな。シャーベットにいたっては果物を凍らせるだけなので簡単だ。
「ユリウス様、また何か思いついたのですか?」
「キュ?」
「え? うん、まあね。あとはできてからのお楽しみと言うわけで……」
俺ってそんなに顔に出やすいタイプだったかな? ポーカーフェイスを心がけているつもり何だけど、ファビエンヌとミラの前では顔が緩んでしまうのかも知れない。あと、ロザリアとネロとリーリエも追加で。……結構いるな。もしかして、ポーカーフェイスができてない?
フワリとミラが上昇すると、俺の前に横座りで乗っているファビエンヌがしがみついて来た。その上昇速度は俺一人が乗っているときよりもかなりゆっくりだったのだが、それでもファビエンヌは驚いたようだ。
きっとすぐに慣れるさ。だからこの暖かいぬくもりと、柔らかい感触を堪能できるのは今だけなのかも知れない。……ときどきミラにあおってもらおうかな、なんちゃって。
夕暮れに染まる領都の空を駆ける。白い雲が七色に輝き、実に幻想的である。ファビエンヌもうっとりと見とれているようだった。
翌日、閉鎖装置を作るのはロザリアに任せて、ファビエンヌと一緒に調合室へ向かった。もちろん日焼け止めクリームを作るためである。
今日のお昼はピクニックだ。それまでに魔法薬を作って、効果を確かめておくべきだろう。空のあちらこちらに雲があるが、天気には問題なさそうだ。絶好のピクニック日和と言えるだろう。その分日差しも少々強めである。
「お昼の時間が楽しみですわ」
「お母様も張り切っていたよ。料理人にサンドイッチを注文していたみたいだから、どんな種類ができあがるのか、楽しみだね」
ファビエンヌと話ながら素材の前処理を行っていく。まずは乳白岩をゴリゴリと乳鉢で小さな粉になるまですり潰してゆく。乳白岩はそれほど固くはないので、子供の力でも簡単に粉にすることができる。
乳白岩が粉になったところで、片手鍋に蒸留水を入れ、そこに薬草と、イエロースライムの粘液を投入し温める。薬草の鮮やかな緑色が失われたところで取り出した。
「薬草の色がなくなってしまいましたわ」
「そうだね。でもこれで、薬草の成分が鍋の中の液体に移ったはずだよ」
黄色くなった薬草を見つめるファビエンヌ。なんだか悲しそうだ。薬草もファビエンヌの役に立てて、きっとうれしいはずだよ。
あとは先ほど粉にした乳白岩を加えて、粘り気が出るまで焦がさないように混ぜれば完成だ。
軟膏のような日焼け止めクリームが完成した。浅めの容器に移す。
「これで完成だ。ついでに美肌効果もあるぞ」
「さっそく試してみても良いですか?」
目を輝かせたファビエンヌが俺に迫ってきた。どうやら美肌効果につられたようである。こちらとしてもありがたい申し出だったのでお願いした。
腕に塗ると、乳白岩の作用によって肌が輝いているように見えた。これが美肌効果なのかな? ファビエンヌは気に入ったようで、ウフフと笑っている。これならお母様も喜んでくれそうだ。
ピクニックの時間にはできたばかりの日焼け止めクリームをお母様にも渡しておいた。もちろん喜んでくれた。今日のピクニックにはお父様も参加している。ずっと執務室にこもりきりだったので、気分転換に参加することにしたようだ。
屋敷から出てから広い庭を移動する。ピクニックと言っても辺境伯家の広い庭の中なので安全には問題ない。何の心配もなくピクニックを堪能できるぞ。
「ここにしましょうか」
「うむ、なかなか良い場所だな」
「ここが良いですわ、お母様!」
そこはちょっとした丘に生えている、大きな木の下だった。しっかりと日差しを遮ってくれる大きな木が頼もしい。その下にピクニックシートを敷くと、みんなで仲良くサンドイッチを食べた。
ミラはイチゴジャムがタップリと挟まったものが気に入ったようで、しきりにせがんでいた。
ダメだぞ、ミラ。ちゃんと野菜の挟まっているものも食べないと。食事には特に意味がなくとも、ロザリアがそれをまねするようになると困る。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「またピクニックに行きたいですわ」
昼食を食べるだけだったのでとんぼ返りすることになってしまったのだが、ロザリアは随分とお気に召したようである。お父様の表情も明るい。しっかりとリフレッシュできたようである。またみんなで来たいな。
「ユリウス、日焼け止めクリームも売りに出すつもりか?」
「まずはアレックスお兄様に相談してからですね。今はちょっと商会が忙しそうなので、貴族向け専用に売りに出すのはどうかと思っています。花の香りなんかをつければ高級品として価値が出せるかも知れません」
「あら、良い考えね。私も香りがある方が良いと思うわ」
お母様からも良い返事がもらえた。まずはそっち方面でアレックスお兄様と相談してみるか。商会に並べなくても、お得意様ルートとして売りに出せば、希少価値が高まるはずだ。高値で売れそうな予感がする。イエロースライムの粘液の採取を冒険者ギルドにお願いしなくちゃ。
そんなこんなで、運動不足解消をかねたピクニックは成功に終わった。これで女性陣の健康状態も改善されるだろう。次のピクニックにはアレックスお兄様を連れ出したいところである。
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