第356話 偽装

 ダンスの練習も終わり、お茶の時間も終わった。時刻は午後三時を少し過ぎたくらいだろう。時間はまだあるな。


「ロザリアが作っている閉鎖装置が完成したら、アレックスお兄様のところに届けに行こう」

「分かりましたわ。すぐに完成させますわ!」

「あせらないように……」


 全てを言い終わる前に、バビュンと音がしそうな勢いでロザリアとミラが工作室の方へと向かって行った。その後ろをリーリエが慌てて追いかけている。

 リーリエには苦労ばかりかけているな。今度何かおわびの品を持って行った方が良いかも知れない。


「それじゃ、ロザリアの仕事が終わるまで、俺たちは調合室に行くとしよう。日焼け止めクリームの素材があるかを確認しないとね」

「新しい魔法薬、どのような物になるのか楽しみですわ」


 ファビエンヌがうれしそうにほほ笑んでいる。随分と魔法薬に興味を持ってくれているようでうれしい。もしかすると、以前から日焼け止めが欲しかったのかも知れない。女性にとっては日焼けは天敵のようなものだからね。


 これは騎士団にも備えておくべきだな。完成したら持って行こう。そうなると、商会で売りに出すのもありかも知れない。忙しくなるな。ちょっと様子を見よう。場合によっては貴族専用として売りに出した方が良いかも知れない。


 調合室で素材の確認を行う。うん、どうやらなんとかなりそうだな。素材の質もそこそこだし、大丈夫だと思う。洗剤を作るときに鉱物系の素材を一通り集めておいて良かった。

 日焼け止めクリームの肝となる乳白岩を追加で頼んでおいた方が良さそうだ。


「この素材で日焼け止めクリームを作りますのね。まさか石ころが素材になるとは思いませんでした」

「なかなか思いつかない発想だよね。石を使うと言っても、飲み薬じゃなくて、肌につけるタイプだからね」

「化粧水のようなものですか?」

「似たようなものだと思って良いよ」


 そう言うとファビエンヌは納得してくれたようである。それじゃさっそく作ろうかとしていたところに、リーリエが飛び込んで来た。


「あの、ユリウス様、閉鎖装置が完成しました」

「もうできたの? さすがと言うべきなのか……分かったよ、すぐにそっちに行くよ」


 リーリエはお辞儀をしてからまた出て行った。あっちに行ったりこっちに行ったりと大変そうである。


「リーリエには随分と苦労をかけてしまっているね」

「そのようなことはありませんよ。あれでも本人はとても楽しんでいるみたいですからね。私もですが」

「それなら良いんだけど」


 思わず苦笑いしてしまう。ネロも毎日を楽しんでくれているのなら良いのかな? そう思うことにしておこう。

 ファビエンヌを連れて工作室に向かうと、待ってましたとばかりにロザリアが飛んで来た。


「お兄様、見て下さい。完成しましたわ! これから商会に取り付けに行くのですよね? 私も一緒に行っても良いですか」

「もちろんだよ。一緒に行こう。そしてアレックスお兄様にロザリアが作った閉鎖装置を自慢しないとね」

「楽しみですわ」


 ロザリアが出かける支度を調えている間に念のため閉鎖装置の動きを確認する。うん、どうやら問題なさそうだな。ロザリアの魔道具師としての腕がとんでもないことになっているような気がする。

 その間にネロが馬車を手配してくれた。これで足の心配はない。残すは……。


「キュ……」

「ミラも一緒に行きたいよね」

「キュ」


 どうしよう、聖竜を商会に連れて行くのはどうなのかな? 見つかると大騒ぎになりそうな気がするんだけど……そうだ、偽装しよう! ミラを子犬に見せかけよう。目立つ角をスカーフで隠して、尻尾は……太いからどう見ても犬には見えないな。


「ネロ、どうかな? 子犬に見える?」

「ちょっと無理があるかと……」

「デスヨネ」


 仕方がない。ならばプランBだ。ションボリとしたミラの頭をなでてあげる。


「ミラ、小さくなってよ。そうすればぬいぐるみと思われるかも知れない」

「キュ!」


 あっという間にミラが小さくなった。子犬の大きさからリスのサイズになったミラを見て、女性陣が悲鳴を上げた。


「か、かわいい!」


 もみくちゃにされるミラ。普段の子犬の姿もかわいらしいが、手のひらサイズになったことでお人形さん的なかわいさが追加されたようである。これなら大丈夫かな? 胸のポケットにでも入れておけば問題ないだろう。ロザリアが抱いていても良し。


「ユリウス様、出発の準備が整いましたよ」

「よし、それじゃ商会に向かおう。きっとアレックスお兄様がびっくりするぞ」


 ダニエラお義姉様がいなくなってから寂しそうにしているからね。ここは俺たちが頻繁に商会に通って、お兄様を元気づけてあげないと。

 それほど時間もかからずに商会にたどり着いた。商会までの道はしっかりと整備してあり、大通りと同じように石畳の道になっているのだ。アスファルトにすればもっと速くなるぞ。しないけどね。


 工房ではなく、まっすぐに商会の建物へと向かった。まさか二度も来るとは思っていなかったようで、職員たちが驚いていた。そんな職員に連れられてお兄様がいる執務室へとたどり着いた。


「おや、ユリウス、また来てくれたのかい?」

「アレックスお兄様!」

「え、ロザリア?」


 俺の後ろから現れたロザリアに驚くお兄様。そのまま駆け寄ってきたロザリアを抱き上げた。とてもうれしそうな表情である。ロザリアを連れて来て良かった。


 アレックスお兄様はまさかロザリアが来るとは思っていなかったようである。屋敷からはちょっと距離があるし、ロザリアが商会に来ても何もすることがないからね。どうやらロザリアは来ないものとして計算していたみたいだ。


「来てくれてうれしいよ、ロザリア。それで、みんなそろってどうしたんだい? まさか」

「そのまさかですよ。ロザリアが商会に設置する閉鎖装置の魔道具を作りあげたので、取り付けに来ました」


 それを聞いたアレックスお兄様が首を左右に振っている。とても信じられないとでも言いたそうである。


「ロザリアの魔道具師としての才能が恐ろしい。まるでユリウスが二人になったみたいだよ」


 ちょっとお兄様、どうしてそこでため息をつくんですかね? もしかして、厄介者が増えたと思ってます? 失礼な。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る