第355話 運動不足解消

 ダンスの練習時間がやって来た。ちょっと前まではそれなりに踊れたらいいやと思っていたのだが、王都でダニエラお義姉様にダンスを習ってからは真面目に取り組むようになった。


 社交界に参加すれば高確率でダンスを踊る。そのときにダンスを楽しめないのでは、一緒に踊るパートナーに失礼だということに気がついた。だからみんなダンスの練習を欠かさないのだ。


「ほらファビエンヌ、もっと近づいて。俺に体をあずけて」

「は、はい」


 赤くなりながらもファビエンヌがグッと近づいた。もう少しで胸が当たる距離である。

 だが、決してスケベ心でやっているわけではない。距離が遠すぎると回転するときに振り回されて安定しないのだ。子供の筋力をなめてはいけない。


「ユリウス様は随分とダンスが上達しましたね」

「ありがとうございます、先生。王都にいる間に鬼コーチからしごかれましたので……」

「まあ」


 驚く先生。先生は庶民でありながら、貴族に指導できるまでのし上がったすごい人だ。だがしかし、庶民出身であるがゆえに、貴族に対する指導はきわめて物静かで、強制力が弱い。


 先生の指導をしっかりと受け入れる生徒なら成長が早いのだろうが、反発したり、やる気のない生徒だったりすると上達するのに少しだけ時間がかかることになる。


 その点、アレックスお兄様とダニエラお義姉様は容赦がなかった。有無を言わせぬ強制力で指導するのだ。その姿はまさに鬼。本人たちに言ったら絶対に怒られるので言わないけどね。


 そのおかげで、今は余裕を持ってファビエンヌをリードすることができる。指導してもらって良かった。当時は散々だったが、今は感謝している。

 ロザリアとも踊る。こちらはまだまだ練習が足りないようである。


 普段からあまり運動をしないからな。このままでは良くない気がする。なんとかロザリアに運動させないといけない。剣術を教えるか? いや、やめた方がいいな。危ない気がする。魔法の訓練は……あれはほとんど動かないからね。あんまり意味がないな。


「ユリウス様、どうかなさいましたか?」


 心配そうな顔をしたファビエンヌがのぞき込んできた。いかんいかん。ファビエンヌを不安にさせるだなんてパートナーとして失格だぞ。


「ちょっとロザリアの運動量が足りないような気がしてさ」

「ロザリアちゃんが運動不足なら、私も運動不足ということになりますわ」


 眉をハの字に曲げるファビエンヌ。なるほど、どこのお嬢様も同じか。ロザリアだけじゃない。もしかすると、お母様も運動不足なのかも知れない。これはみんなまとめてどうにかしないといけないな。


「よし、お昼は外で食べるようにしよう。毎日ピクニックだ」

「ピクニック! 行きたいですわ!」


 どこから聞きつけたのか、ロザリアが飛んで来た。もちろんミラも一緒に飛んで来た。二人とも外にお出かけするのが嫌いじゃないからね。天気の良い日はどこかに出かけるように提案しよう。


 騎士たちが忙しくなりそうだが、ピクニックに行くくらいなら気を楽にして向かうことができるんじゃないかな。毎日でなければ大丈夫だろう。

 ダンスの練習が終わったところですぐにお母様のところに相談に行った。二人とも大賛成のようなので、残すはお母様だけである。たとえダメでも二人と行こう。


「どうでしょうか、お母様。お母様も一緒にピクニックに行きませんか?」

「そうねぇ、確かに運動不足かも知れないわね。健康のためにも行きましょうか。さすがに毎日というわけにはいかないけど……」


 お父様とお兄様も誘おうかと思ったのだが、二人とも早朝には剣術の訓練をしているし、仕事も忙しいので見送ることになった。もちろん、暇そうなときには一緒にどうかと誘うつもりである。


「でも、これからの季節はどんどん暑くなって来るわね。それに日差しも強くなるし、お肌が日焼けしちゃうわ。どうしましょう」

「う、そうですね。うっかりしてました。そうだ、暑さはこれからコールドクッキーを作りますのでなんとかなると思います。日焼けは……日焼け止めクリームを作ります」

「コールドクッキー? 日焼け止めクリーム?」

「あ、えっと……」


 俺はこれからファビエンヌと一緒に作ろうとしているコールドクッキーの話と、日光に当たっても日に焼けないようにするための魔法薬、日焼け止めクリームの話をした。

 日焼け止めクリームの話をするとファビエンヌが驚いていた。


「そんな魔法薬があるだなんて、初めて聞きましたわ」

「あはは、俺もさっき思い出してさ。そう言えばおばあ様からもらった本にそんなことが書いてあったなーって」

「さすがマーガレット様ですわ」


 何も知らないファビエンヌは素直に手をたたいて感心しているが、お母様はうさんくさそうな目でこちらを見ていた。

 そろそろごまかしが利かなくなって来たかも知れない。だが、俺の発言がウソだと証明することはできない。もうしばらくは大丈夫だと思う。


 これでピクニックに行くことが決まった。記念すべき一回目のピクニックはさっそく明日、行くことになった。手配はお母様がしてくれるようである。その間に、商会に閉鎖装置を取り付けに行こう。


 日差しはまだ柔らかいし、コールドクッキーも日焼け止めクリームもまだ必要ないだろう。夏の日差しになる前には魔法薬を作り上げる予定である。

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