第354話 ワサッと
屋敷に戻ると工作室へと向かった。そこではソワソワした様子のロザリアとミラが待っていた。テーブルの上にはお茶が用意してる。どうやらリーリエが準備してくれていたようだ。
ファビエンヌには悪いが、ちょっとだけ待ってもらおうかな? そのことを話すと、「私のことは気にしないで」と言われた。実に優しい子である。ロザリアも少しは見習って、ちょっとわがままなところを直して欲しいと思う。
まあ、わがままになってしまった原因の一つが自分であると思ってはいる。ロザリアを何とかする前に、まずは自分だな。反省しなきゃ。
閉鎖装置の設計図を描きながらロザリアに指導する。ロザリアはあっという間に作り上げた。これは良いぞ。ついでに商会に設置するのも作ってもらおう。
「あとはそれを扉に設置するだけだね。それが終わったらもう一つ同じ物を作ってもらえないかな? ハイネ商会にも設置したい場所があってさ」
「分かりましたわ。お任せあれ!」
すごいやる気である。頼りにされてとてもうれしそうだ。お兄ちゃんもうれしい。これで俺じゃなくてロザリアが閉鎖装置を作ってくれることになるぞ。そうなれば、こちらはこちらで魔法薬作りに専念できる。
脚立を持って来てもらって扉の装置を設置する。さすがに今のロザリアでは厳しそうだな。そう思ったので、使用人の一人に取り付け方法を仕込んでおいた。これでよし。
無事に閉鎖装置を設置し、満足そうに開け閉めしているロザリアたちを置いて、調合室へと向かう。
「ちょっと時間を取られちゃったね。申し訳ない」
「謝る必要などありませんわ。魔法薬の在庫が不足しているわけでもないですから、そこまで根を詰める必要はないと思いますわ」
「それもそうだね」
ファビエンヌには魔法薬を作りにハイネ辺境伯家へ来てもらっているが、それだけだとつまらないよね。一緒に庭を散歩したり、領都に遊びに行ったりしても良いはずだ。そして一緒にお昼寝も……いや、もうお昼寝が必要な年齢ではないか。
ファビエンヌも気になっていたのか、調合室に到着すると扉を開け閉めしていた。それをほほ笑ましく見ながら、魔法薬を作る準備に取りかかった。
「おっと、忘れるところだった。昨日作った改良版の植物栄養剤を試さないといけないんだった」
「そうでしたわね。私も忘れていましたわ。これから薬草園に行きましょう」
「そうだね、そうしよう」
魔法薬作りが一段落したところで急ぎ足で薬草園に向かった。そこではいつものように騎士たちが周囲に目を光らせていた。
「いつもご苦労様」
「お疲れ様ですわ」
「これはユリウス様、ファビエンヌ様、ご機嫌よう。この程度、大したことではありませんよ」
そう言って笑顔を向けてくれる。無理していないと良いんだけど。どうもボランティアでやっているみたいなんだよね。そのうちみんなに何かお礼をしたいところである。コールドクッキーを差し入れすれば喜んでもらえるかな?
「この区画はこの植物栄養剤、こっちはこの植物栄養剤……」
「効果が現れるまでには時間がかかりそうですわね」
「相手が植物だからね。気長に待つしか……」
そのとき、俺たちの目の前でワサッと薬草が生えた。明らかに不自然な挙動である。ファビエンヌのかわいらしい顔も少し引きつっている。
「ユリウス様、今のは?」
「あれ~? ちょっと配分を間違えちゃったかな? あはは……」
頭をかいてごまかそうとしたが、どうやらうまくはいかなかったようである。ファビエンヌの顔がさらに引きつっていた。ネロの顔は笑顔なのだが、その笑顔が固まっている。
きっと頭の中ではどのように報告するかを考えているのだろう。もう見たままで良いんじゃないかな。
「これを使えば薬草が取り放題になるのではないですか?」
「どうかな? 無理やり急成長させるから、副作用が怖いところだね」
「なるほど」
ウンウンとうなずくファビエンヌ。どうやら納得したらしい。だがしかし、副作用などないのだ。本当のことを言えなくてごめん。これを言うと、とんでもないことになると思うんだ。
植物の生長を自在に操るなんて、神様がするようなことだからね。それをただの人間がやってはいけない。それをやれば神としてあがめられることになる。絶対にヤダ。
何とかファビエンヌとネロの目をごまかしつつ、準備していた植物栄養剤をまき終わった。
「これであとは結果を待つだけだな。観察日記でもつけてみようかな?」
「面白そうですわね。どのような結果になるのか楽しみですわ」
こうして俺とファビエンヌは植物観察日記を書くことにした。何か新しい発見があるかも知れない。ちょっと楽しみになってきたぞ。
屋敷に戻ることにはちょうどお昼の時間になっていた。昼食が終わると午後からはダンスの練習である。ファビエンヌと一緒なので問題ない。
「ロザリア、閉鎖装置の進み具合はどうだい?」
「もう少しで完成ですわ。完成したらすぐに取り付けに行きますわ」
「午後からはダンスの練習の時間だよ。忘れてないよね?」
しまった、みたいな顔をするロザリア。良かった、念のために確認を取っておいて。ロザリアに閉鎖装置の取り付けが急ぎの仕事ではないことを話して、何とか納得させることができた。
ロザリアはもう完全な職人だな。職人としては満点なんだけど、貴族のご令嬢としては微妙なところである。そのように仕向けたのが自分なだけに強く言えない。お母様も内心で頭を抱えているかも知れない。
でもロザリアが作る魔道具も商会の主力商品の一つなんだよね。そう考えると、強くも言えないようである。どうしたものか。一番良いのはロザリアがそのことに気がついて、両立させてくれることなんだけど……今後の成長に期待だな。
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