第350話 拡張
ファビエンヌがハイネ辺境伯家に到着したら、最初にすることはサロンへと案内することである。そこで一息入れつつ、今日の予定を話す。
「午前中は先生からの授業だよ。午後からは一緒に魔法薬を作ろう」
「分かりましたわ。何か急ぎの魔法薬があるのですか?」
ファビエンヌが首をかしげている。鋭いな。
「どうも初級体力回復薬が人気みたいでね。ちょっと在庫を増やしておこうと思ってさ」
「そうでしたのね。あの魔法薬は良い魔法薬ですものね。お父様もお母様もとても気に入っておりましたもの」
「これは思ったよりも需要がありそうだね。そうなると、薬草園の拡張も急がないといけないな」
これはもしかすると手分けした方が良いかも知れない。分かっているけど一緒にいたい。ぐぬぬ。
そうだ、魔法で一気にやるか。薬草園は早急に準備しないと収穫までにはそれなりの時間が必要だからね。
いや待てよ。魔法薬で成長速度をドーピングすれば何とかなるかも。
「ユリウス、また何か妙なことをたくらんでいないかしら?」
「え? いや、ええと……」
「考えていることを言いなさい」
どうやらお母様は人数が減ったことでピリピリしているようだ。
これ以上、みんなに負担はかけられない。厄介事は私が片付ける。そう思っているかのようである。
確かにこれ以上、お父様とお兄様に負担をかけるわけにもいかないし……って、何で俺が厄介事を引き起こすこと前提で話が進んでいるんだよ! 理不尽だ。
これ以上問題児と思われないためにも、薬草園の拡張と、その成長促進について話した。
「成長促進って、あの木の苗木を立派な大木に変えた魔法薬のことよね?」
「そうです」
「……大丈夫なのかしら?」
「……たぶん」
「却下です。ハイネ辺境伯家の庭が薬草だらけになったらどうするのですか」
「それはそれで良い……分かりました。植物栄養剤の効果を調整して、収穫が早くなるくらいになるように加減します」
まさにヘビににらまれたカエルとはこのことか。薬草大量ゲットのチャンスだったけど、押し通すことができなかった。怖い。美人が怒るととても怖い。
仕方ない。ファビエンヌに植物栄養剤の作り方を教えつつ、一緒に改良するとしよう。考え方によっては、これはこれでありだな。
「ファビエンヌちゃん、ユリウスのことをしっかり見張っていてね。あなただけが頼りよ」
「も、もちろんですわ」
ファビエンヌの顔が引きつっている。こちらもヘビににらまれたカエル状態だな。たぶんと言うか、やはりと言うか。この家で一番強いのはお母様だな。
午前中は先生がハイネ辺境伯家にやって来るので、予定を変更することはできない。変えられるのは午後からの時間帯だけである。
そんなわけで、午前中をファビエンヌとネロと一緒に受ける。そしてあっという間にお昼の時間になった。
「外で食べるお昼は風が気持ちよくて良いね」
「真冬の間はできませんでしたからね」
まだちょっと肌寒いが、服を着込めば何とかなる。それよりも、徐々に暖かくなりつつある日差しと、寒さが幾分和らいだ緩やかな風が心をワクワクさせてくれた。
「夕食の前にはアンベール男爵家へファビエンヌを送るよ」
「お願いいたしますわ。そのまま夕食も召し上がっていきますか?」
「そうだなー、そのまま泊まって……とも考えたけど、さすがに負担をかけすぎることになるから遠慮しておくよ」
一瞬驚いた顔をしたファビエンヌが、からかわれたのだと気がついてほほを膨らませた。それを突いて空気を抜いてあげる。ちょっと口をとがらせたファビエンヌがかわいい。
「早く一緒に暮らせるようになるといいんだけど、先は長いなぁ」
「そうですわね。まだ学園にも通っておりませんもの」
子供ってツライ。特に貴族の子供はツライ。世間体を気にしないといけないし、親にとっては政治的に大事な駒なので放任することはできない。
そんなことを思いつつ、午後からの作業に移る。まずは薬草園を作ることにした。畑さえ用意していれば、あとは庭師が何とかしてくれるかも知れない。
「いつ見てもユリウス様の薬草園はステキですわね」
「そうかな? どこも同じような物だと思うけど」
「そんなことはありませんわ。これほどキレイに並んでいて、雑草が生えていないだなんて、なかなかできませんわよ」
キレイに並べて魔法薬の素材になる植物を植えたのは俺だが、雑草が一本も生えていないのは、毎日見回りをしてくれている騎士たちのおかげである。
今では随分と植物の知識も増えてきたようで、完璧に雑草と、そうでないのかを見極めることができるようになっているのだ。これはこれですごい技術だと思う。
そんな薬草園を守ってくれる頼もしき騎士たちに感謝しつつ、さらに薬草園を拡張する。冷静に考えてみると、騎士たちにますます負担をかけることになってしまうな。追加の初級体力回復薬を忘れないようにしないといけないな。
「この一角に薬草園を作ろう」
「ここですか? 雑草がすごいですし、石がゴロゴロしていますよ」
俺が示した場所を確認したネロが難色を示している。ここを手入れするにはものすごく時間がかかると思っているのだろう。だがしかし、俺には切り札の魔法があるのだ。
そんなに簡単に切り札を切って良いのかという疑問はあるが、細かいことはいいんだよ。
地面に手を当てて、一気に魔法を使う。数秒足らずでフカフカの畑が完成した。まさにチート。さすが俺の切り札である。ファビエンヌとネロが口をパクパクとさせている。
「ユリウス様、今のは一体……?」
ネロがうめくようにそう言った。ファビエンヌもこちらを見ている。それを何事もないかのような顔で受け止める。ここで動揺してはダメだ。普段から使ってますが何か? みたいな顔をしておかなければならない。
「石を砕いて土地を平らにする魔法と、土をフカフカにする魔法を使ったんだよ」
「随分と都合の良い魔法があるのですね」
ファビエンヌが遠い目をしている。うーん、その目は信じていないな? でも目の前には立派な畑が完成している。信じたいけど信じられない。そんな感じかな?
そんな二人を横目に、隣の薬草園から良い感じの薬草を『移植』スキルを使って掘り出すと、『株分け』スキルを使って植えていった。
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