第349話 早すぎた?
今日も一日があっという間に終わろうとしている。ベッドに転がると、思わずため息がこぼれ落ちそうになった。
まさか寂しいと思うとは。思ったよりもファビエンヌに依存していたみたいだ。
残念ながら、ファビエンヌがハイネ辺境伯家にいる間に同衾することはなかった。婚約者とはいえ、大事なお客様だからね。それに俺を信頼してファビエンヌを預けてくれたアンベール男爵夫妻を裏切るわけにはいかない。
でもなぁ、一回くらいの同衾なら誤差かも知れない。
そのとき、ブルブル、と指輪が震えた。
「ファビエンヌ? 何かあった?」
『あ、いえ、特に何もありませんわ。ユリウス様が今どうしているかな、と思いまして。あの、こんな時間にご迷惑でしたよね?』
「ファビエンヌのことを考えてた」
『え?』
「一度くらい、添い寝するんだったと悔やんでいるところだった」
『ふぁ?』
指輪の向こうからバタンバタンする音が聞こえる。たぶん、枕をバタンバタンしているのだろう。だれかにその音を聞かれて、不審がられないと良いんだけど。
「落ち着いて、ファビエンヌ」
『もう、私をからかっておりますわね?』
「いや、全部本気なんだけど……」
『……』
「ファビエンヌ?」
返事がない。どうやらショートしてしまったようである。これは再起動するまで気長に待つしかないな。そう思っている間にも、再起動したようである。コホン、とかわいらしい咳が聞こえてきた。
『ユリウス様はちゃんと夕食を食べましたか?』
「う、うん、もちろんだよ。鯛のムニエルだったよ」
どうしよう。ファビエンヌがオカンモードになっている。完全に子供扱いされてる。
ファビエンヌから通信が来たので、ちょっとテンションが上がりすぎたのかも知れない。ほんの少しだけからかったのは認める。鎮めなきゃ。
「そちらは変わりないかな? と言っても、今朝、別れたばかりだからね。何もないか」
『ええ、何もありませんわ。ですが、ユリウス様が隣にいないのでポッカリと穴があいたみたいでしたわ』
「ファビエンヌ……明日は朝食を食べたらすぐに迎えに行くよ。そのつもりで準備しておいてね」
『はい。お待ちしておりますわ』
指輪の通信を切る。短い時間だったが、ファビエンヌも寂しく思ってくれているようで、ちょっとだけ安心した。寂しいと思っていることを安心するのは良くないのだろうけど。
「よし、しっかり寝よう。寝不足の顔をファビエンヌに見せるわけにはいかない」
気合いを入れて寝ることにした。眠れそうになかったら、自分に睡眠の魔法を使うのも良いかも知れない。
「それではファビエンヌを迎えに行って来ます」
「キュ!」
「気をつけて行って来るのよ。くれぐれも寄り道しないようにね」
「なるほど、その手がありました」
「しないでよね」
冗談なのにお母様がめっと叱ってきた。この辺り、信頼されているのかどうなのかが気になるな。ミラにまたがり塀の高さくらいまで浮かび上がる。見送りのお母様とロザリア、ネロ、リーリエに手を振ってから、まっすぐにアンベール男爵家へと向かった。
庭で遊んでいたときよりもずっと速い速度で空中を駆ける。さすがは聖竜。名馬よりもずっと速い。
あっという間にアンベール男爵家が近づいてきた。眼下では俺たちに気がついて指を差している人もいた。すぐにウワサは広がるだろうな。
予定通りにアンベール男爵家の庭に着地する。先日話しておいたのだが、俺たちの姿を見て使用人たちが慌てていた。ちょっと早く来すぎたかな?
そんなことを思っていると、屋敷の中から準備万端な状態のファビエンヌが出て来た。
「お待ちしておりましたわ」
「お待たせしてしまいましたかね?」
二人で顔を見合わせて笑っていると、アンベール男爵夫妻もやって来た。二人ともちゃんとした服装である。
良かった。どうやら早く来すぎたということはなかったようだ。
「おはようございます。ファビエンヌを迎えに来ました」
「おはようございます。娘をよろしくお願いします」
「ファビエンヌ、ご迷惑をおかけしないようにするのよ」
「もちろんですわ」
そう言えば、冬の間、ファビエンヌが何かやらかしたことはなかったな。もしかして、あれが普通なのか? そうなると俺は飛んだトラブルメーカーだな。家族からそんな目で見られるのも仕方がないか。
アンベール男爵夫妻との挨拶が終わると、再びミラの背中に乗った。ちょっと浮き上がったところで、夫妻に手を振る。飛んでいる姿を見せるのは初めてだったので、目と口を丸くしていた。
帰りは屋根の上を滑るように進んで行った。速度も来るときに比べたら半分以下である。
だがしかし、屋根の上を隠れるように進んだので、あまり人から見られてはいないようだ。
これはアンベール男爵家に向かうときも、屋根の上を隠れるように進んだ方が良いかも知れないな。その方が騒ぎが大きくならなくてすみそうだ。
ファビエンヌが俺にしがみついているが、その表情には余裕がある。怖がってはいないようだ。慣れてくれば、もう少し速い速度で移動できるようになるかも知れない。
俺たちを乗せたミラはご機嫌そうに鼻を鳴らしていた。どうやら人を乗せるのが好きなようである。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
「お帰りなさいませ」
「あら、早かったわね~」
俺を見送った後、そのまま庭の手入れをしていたようである。みんながファビエンヌを笑顔で迎えてくれた。これでファビエンヌも安心できたかな? ファビエンヌが迷惑をかけるだなんてとんでもない。
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