第347話 ファビエンヌを送る

 王都組との別れを惜しむと、次はファビエンヌとの別れである。春はもうそこまで来ているのだ。いつまでもハイネ辺境伯家にとどめるわけには行かない。

 カインお兄様たちが出発した翌日、ファビエンヌも実家であるアンベール男爵家に帰ることになった。


「冬の間、お世話になりました」


 ハイネ辺境伯家の屋敷の前でファビエンヌが深々と頭を下げた。それをお父様が止める。


「なんの、世話になったのはこちらの方だよ。ありがとう」

「そうよ。娘が一人増えて、楽しく過ごすことができたわ」


 お父様とお母様の言葉にファビエンヌが涙ぐんでいた。永遠の別れじゃないんですけどね。何なら、明日から毎日、ここに通うことになるのだ。寂しくなるのは夜の間だけである。


「ありがとう、ファビエンヌ嬢。おかげでハイネ商会の運営を軌道に乗せることができたよ。これからも力を貸してもらえるとありがたい」

「もちろんですわ。ユリウス様と一緒に、お手伝いさせていただきますわ」

「本当にお義姉様も行っちゃうの~?」

「ファビエンヌ嬢を困らせてはダメだよ、ロザリア」


 アレックスお兄様がロザリアをたしなめているが、その目はすでにうるうるとしている。

 明日も来るって言ってあるんだけどなー。それでもこの場の雰囲気が物悲しい気持ちにさせるのだろう。


「それでは行きましょうか、ファビエンヌ嬢」

「はい」

「キュ」

「ミラはお留守番だよ~」

「キュ!」


 ミラが得意の頭突きをしてきたが、ファビエンヌを家まで送っていくだけである。送り届ければすぐに戻って来る予定だ。そんなに寂しがることはないと思う。ロザリアも不安そうにしているな。


「ファビエンヌ嬢を送り届けたら、すぐに戻って来ます」

「その方が良さそうだな。これ以上人が減ると、不安に思うだろうからな」


 ロザリアとミラを見て、お父様が苦笑いしている。いつもはそんなことはないのだが、今年は屋敷にいた人数が多かったからね。余計に寂しく思うのかも知れない。

 ミラをひとしきりなでると出発した。


 領都の雪はすっかりと溶けている。それにつられるかのように、領民たちも外に出るようになったのだろう。道には春を待ちわびたかのように人が往来していた。

 アンベール男爵家に到着すると、いつものように屋敷の扉の前で夫妻が待っていた。


「遅くなって申し訳ありません」

「そのようなことはありませんよ。どうやらちょっと早く外に出すぎたようです」

「お帰りなさい、ファビエンヌ」


 暖かく夫妻が迎えてくれた。その間にも使用人たちが馬車から荷物を運んでいる。来るときよりもちょっとだけ荷物が増えているのは、主にハイネ商会で売っている商品である。

 ファビエンヌも気に入ったようで、使っているのだ。


 その後はサロンへと案内されて、これからのことを話す。お父様からの手紙を受け取ったようであり、しきりに恐縮していた。


「無理を言ってしまって申し訳ない」

「謝る必要などありませんよ。無理を言っているのはこちらです。こちらこそ、申し訳ありませんでした」


 お互いにペコペコと頭を下げている様子を、女性陣は複雑な顔をして見ているようだった。どちらにも加担できない、そんな感じである。


「手紙にも書いてあったと思いますが、毎日、ファビエンヌ嬢を迎えに来ます」

「本当によろしいのですか? かなりの労力を使うことになると思いますが……ファビエンヌを通わせても良いのですよ」

「いいえ、ファビエンヌ嬢の力を貸していただきたいのはこちらです。送り迎えするのは当然です。それにもう、本人もやる気みたいですし」

「本人?」


 どうやらお父様からの手紙には詳しい送り迎えの方法が書かれていないようである。それもそうか。ミラが大きくなったのは最近の出来事だからね。これならミラを連れてきて、一度見せた方が良かったかも知れない。


「聖竜のミラの背中に乗って送り迎えするのですよ」

「……」


 アンベール男爵夫妻が固まった。

 その後はファビエンヌと一緒に夫妻へ説明することになった。すでに何度もミラの背中に乗って空中散歩を楽しんだことを話して、ようやく観念してくれたようである。……悪いことしちゃったかな。


「そこまでしていただけるとは。何とお礼を言えば良いものか」


 アンベール男爵は情けないほどの困り顔である。やっぱり馬車で送り迎えする方が良かったかな。でも、せっかくのミラの好意をむげにするわけにもいかないからね。ミラもきっと、俺の役に立ちたいと思っていたからこそ、巨大化したんだろうし。


「お礼ならミラに言ってあげて下さい。きっと喜ぶと思いますよ。ミラもここへ来て、お義父様とお義母様にほめてもらいたいと思っているはずですからね」

「おおお、それは、もちろんですとも」


 アンベール男爵夫妻が今にも泣き出しそうな様子になっている。聖竜伝説、恐るべし。まさに神とでも思われているようだな。

 これで何とか納得してもらうことができたかな? これから毎日、送り迎えするのでアンベール男爵家の協力は必要だ。


 ファビエンヌを送り届け、今後の動きを確認したところでアンベール男爵家を後にした。

 帰りの馬車は当然一人である。馬車の中がいつもよりずっと広く感じてしまった。どうやらファビエンヌがいないことを寂しく感じているのは俺も同じようである。

 大事な婚約者だものね。しょうがないよね。寂しい。やっぱりミラを連れてくれば良かった。

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