第343話 王都組と居残り組
どうしてダニエラお義姉様がガッカリしているのか分からなかった俺は、アレックスお兄様に視線を送った。
それに気がついたお兄様は眉をハの字に曲げていた。どうやら困っているようだ。
「ダニエラ様も一緒に王都に戻ることになっているんだよ」
「どうしてですか!」
思わず声が大きくなってしまった。だってそうだろう。俺はこのままダニエラお義姉様がハイネ辺境伯家にいると思っていたのだ。
商会の仕事はどうするのか。あれだけ二人で張り切っていたのに。そりゃダニエラお義姉様がガッカリするはずだ。
「王都での仕事がまだ残っているんだよ。今回の訪問は花嫁修業の一つということだったからね」
「でも、ハイネ商会にはダニエラお義姉様の力が必要ですよ」
力説する俺をダニエラお義姉様が後ろからそっと抱きしめて来た。泣いているのが分かる。まずい、とてもまずい。どうやら俺はダニエラお義姉様を泣かせてしまったらしい。
背中に冷たい物が流れた。同時に柔らかいおまんじゅうのような感触もあったが、堪能している余裕がない。
「ありがとう、ユリウスちゃん。そんな風に思ってくれているだなんて、うれしいわ」
「ダニエラお義姉様……私だけじゃないですよ。ハイネ辺境伯家のみんながそう思っているはずですよ」
見渡すと、みんなが沈痛そうな顔をしてうなずいている。ダニエラお義姉様の両腕の力がますます強くなった。
「ありがとうございます。王都での仕事をしっかりと終わらせて、すぐにここへ戻って来ますわ」
最初は震えるような声で、最後は力強い声だった。
ダニエラお義姉様はこの冬の間、遊んでいたわけではない。しっかりと実績を積んで来たのだ。王都に戻れば、宣言通りにすぐに仕事を片付けて戻って来ることだろう。
「お待ちしておりますよ、ダニエラ様。ユリウスの言う通り、ハイネ商会にはダニエラ様の力が必要です。ダニエラ様が戻って来るまでは、アレックスの尻をたたいて踏ん張ってもらいますよ」
「お父様、もう子供ではないのですから、尻をたたかれなくても踏ん張りますよ」
アレックスお兄様が苦笑いしている。それを見てみんなが笑った。
別れは寂しい。だが、悲しい別れではなく、楽しい別れにしたい。
王都へ向かう準備は急ピッチで進んで行った。
雪解けが始まればみんなが動き出す。ハイネ辺境伯家だけではないのだ。
カインお兄様とミーカお義姉様は領都へ繰り出すと、王都の学園生活で必要になるものを買い求めていた。
そして予想通り、ハイネ商会に来る人も増え続けている。アレックスお兄様は予定よりも早く追加の従業員を雇うことに決めたようである。ダニエラお義姉様もそれを手伝っているので大忙しだ。
俺はというと、職人たちのところを見回り、素材の減り具合を確認していた。
素材台帳をつけるようにしてもらっていて良かった。そのおかげで、確認作業が随分と楽になる。
王都の王宮魔法薬師たちはちゃんと魔法薬の素材を台帳に記入しているかな? 王都に行くことがあれば、確認しないといけないな。
「これは追加の素材が必要だな。思ったよりも文具の売れ行きが良い。鉛筆と消しゴムが特に売れているみたいだな」
「そのようですね。商人が大量に買い求めているみたいですよ」
どこから情報を仕入れて来たのか、ネロが手帳をめくりながらそう言った。まるで忍者だな。ネロの下に手下を何人かつけるべきだろうか。
そんなことを思っていると、ファビエンヌが手紙を持ってやって来た。
「ユリウス様、お父様から手紙のお返事が来ましたわ。いつでも訪ねて来てくれて構わないとのことですわ」
「そうか。ありがとう、ファビエンヌ。それじゃ、二日後にしようかな。手紙を書くから、ファビエンヌからも一言あるとうれしいな」
「分かりましたわ」
うれしそうにファビエンヌが笑う。久々に両親との対面するのだ。そりゃうれしいよね。アンベール男爵夫妻へのプレゼントはすでに準備してある。手抜かりはない。
「ユリウス様、温室の設計図が届きましたよ。確認をお願いします」
「分かったよ、ネロ。これはしばらくは忙しくなりそうだな」
「そうですわね」
三人で苦笑する。忙しくなるし、追い打ちをかけるかのように三人が王都へ行くのだ。
これまではそれほどでもなかったけど、領地が発展すると、それにつられて領主の家も忙しくなるんだな。今後は頼れる人材をいかにして集めるかが課題だな。
それから二日後、俺とファビエンヌ、そしてネロはアンベール男爵家に向かった。領都の道にはまだ雪が残っていたが、身動きが取れないほどではない。領都を歩く人たちもそれなりにいるようだ。
「本日は訪問を許していただき、ありがとうございます」
「とんでもありませんよ、ユリウス様。冬の間、娘がお世話になりました」
「そのようなことはありません。こちらの方こそ、ファビエンヌ嬢には大変お世話になりました。ファビエンヌ嬢の協力がなければ、ハイネ商会は失速していたはずですよ」
「いやいや、そのようなことは」
玄関で挨拶を受けると、サロンへと向かった。すでにお茶の準備は整っている。冷温送風機でちょうど良い室温になっているのでとても過ごしやすい。
窓からは白い雪景色が広がっている。この時期はどの家も同じような景色になっているはずだ。
「以前にお約束していたガラスペンと魔石懐炉、万年筆を持って来ました。魔石懐炉はちょっと時季外れになってしまいましたね」
「そのようなことはありませんよ。まだまだこの時期は寒い日が続きますからね。ありがとうございます」
「まあ、素敵だわ。このような物をいただいて良いのかしら?」
夫人がガラスペンと万年筆を見て、目を白黒とさせている。どちらも最高級品仕様にしてある。高位貴族でも持っていないだろう。だってそれ以上の物を持っているのは王族くらいだからね。それを知ったら卒倒するかな。黙っておこう。
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