第344話 本能解放
和やかなムードでお茶会は進んで行く。だが、そろそろこの場が暗くなるようなことを言わなければならない。黙って、見なかったことにするわけにはいかないのだ。
「お義父様、お願いがあるのですが」
「ファビエンヌのことかね?」
「はい。ファビエンヌ嬢をあずかるのは『雪解けまで』と言う話でしたが、春になってからもあずからせていただきたいのです」
「お父様、私からもお願いしますわ。私もユリウス様に力をお貸ししたいと思います」
ふうむ、と言ってアゴをなでるアンベール男爵。夫人は「あらあら」と言いたそうな雰囲気で、ほほに手を当てて目を細めていた。
この話はすでにお父様からアンベール男爵へと伝わっているはずである。お父様からはダメだと言う話を聞いていないので、問題はないと思うのだが。
「ファビエンヌはアンベール男爵家で唯一の子供です……寂しくなりますな」
その通りである。いくらハイネ辺境伯家のためとは言え残酷だよな。男爵家が辺境伯家に逆らえるはずがない。これは権力を振りかざしたごり押しに過ぎない。
やっぱり止めにした方が良いな。ダニエラお義姉様だって王都に戻るのだ。ファビエンヌも実家に戻るのが筋だろう。
「それでは、私が毎日、ファビエンヌ嬢を送り迎えします。それならばどうですか?」
「え?」
まさか俺がそんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。アンベール男爵夫妻が目を大きくしている。ファビエンヌも驚いたようで、口をパクパクと開け閉めしている。
「ユリウス様、馬に乗れるのですか?」
「もちろんですよ。騎士団で習ってますからね」
ファビエンヌが不安そうな顔をしている。まあそうだよね。ファビエンヌの前で馬に乗ったことはないからね。それに子供には危険な乗り物であることは確かだ。
だが俺には『騎乗』スキルがある。乗ろうと思えばドラゴンにだって乗ることができるのだ。
「あの、よろしいのですか?」
「構いませんよ。私のわがままで、お義父様とお義母様に悲しい思いをさせるわけにはいきませんからね」
「わがままなど、そんな……」
しかし二人は否定しなかった。やはりファビエンヌと離れて暮らすのは苦しかったのだろう。この冬の間もそうだったはずだ。悪いことしちゃったな。もっと早く気がつくべきだった。お互いにね。
「お父様には私から話しておきますよ。ですからご安心下さい。嫌とは言わせませんから」
「……よろしくお願いします」
アンベール男爵夫妻が深々と頭を下げた。その様子を見て、ファビエンヌも何も言えなくなってしまったようだ。
早く成人して、アンベール男爵家で暮らせるようにならないかな。そうしたら、寂しい思いをさせずにすむのに。
今日のところはファビエンヌと一緒にハイネ辺境伯家に戻ることになった。ファビエンヌにも色々と荷物があるからね。さすがに今日ここでさよならと言うわけにはいかなかった。
馬車の中でファビエンヌが申し訳なさそうな顔をしてる。
「ユリウス様、申し訳……」
「ファビエンヌ」
それ以上、ファビエンヌが何か言うのを止めた。別に悪いことなどしていないのだ。謝る必要はない。どちらかと言えば、強引に進めたこちらが悪いのだ。
「気にしないで。アンベール男爵夫妻が言うことは当然だと思うよ。ファビエンヌが大事なら、なおさらね」
今にも泣きそうな顔をしているファビエンヌのほほをなでると、しがみついてきた。背中に手を回して、そのまま慰める。
このまま離れ離れになるわけではないのだ。そんなに大げさに構えることなど何もない。そう自分に言い聞かせた。
ハイネ辺境伯家に戻るとすぐにお父様とお母様にそのことを話した。この場にいるのは俺たちと両親の他にロザリアとミラがいる。
両親はちょっと困ったような顔をしているが、怒ることはなかったし、否定することもなかった。
「そうか。分かった。この件については私からもアンベール男爵に手紙を送っておこう」
「ありがとうございます」
「ファビエンヌちゃんは一人っ子だものね。こればかりはしょうがないわ」
「ファビエンヌお義姉様、どっかに行っちゃうの~?」
「キュ~?」
ロザリアとミラがこの場の微妙な空気を感じ取り、不安そうな顔になっていた。ここは俺の出番だな。
「どこにも行かないよ。ただ、自分の家からここへ通うようになっただけだよ」
「そうなのですね」
「キュ」
どうやら二人は安心したようである。どちらも素直な子供に育っているようだ。
「ユリウス、どうやって毎日迎えに行くつもりなのかしら?」
「もちろん、馬で迎えに行きますよ。ハイネ辺境伯には良い馬がたくさんそろっていますからね」
「二人乗りをするのはまだ早いんじゃないの? だれか別の人に迎えに行ってもらった方が良いのではないですか」
「大丈夫です。乗馬には自信がありますから」
ここで引くわけにはいかない。アンベール男爵にファビエンヌを迎えに行くと宣言したのだ。ここで別の人が来れば、その程度だったのかと思われてしまうだろう。
「キュ! キュ!」
それを聞いたミラが急に俺の前に立ち、自己アピールを始めた。どうしたんだ、ミラ。何か悪い物でも食べたのか?
いや、違う。これはまさか……ミラに乗れってことかな?
「ミラの気持ちはありがたいけど、さすがに小さすぎて乗れないよ」
俺がそう言うと、その場の空気が凍りついた。どうやら聖竜に乗るという発想がなかったみたいである。たぶん、恐れ多すぎるんだろうな。
ゲーム内では当然のように乗っていたけど、この世界では聖竜は乗り物として認知されていないようである。
「お兄様、ミラちゃんに乗るのですか?」
「いや、だから乗れない……」
「キュー!」
馬鹿にするなとばかりに雄たけびをあげたミラが「タシ」と床の上に舞い降りた。
これはまずいぞ。そのポーズは巨大化のポーズだ。いつの間にそんなことを覚えたんだ。本能か? 本能なのか?
みるみるうちにミラが巨大化し、子供二人が十分に乗れるほどの大きさになった。
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