第335話 温室拡張計画

 ファビエンヌとお互いにケーキを食べさせあっていると、温室にロザリアがやって来た。もちろんリーリエも一緒だ。


「あー! お兄様がお義姉様とイチャイチャしてるー!」

「ロザリア、勉強の時間は終わったみたいだね。一緒に食べる?」

「食べます!」


 頭を使ってカロリーを消費していることだろう。甘い物が欲しくなっているはずだ。そしてあわよくば、先ほどの光景をうやむやに……あ、リーリエが顔を赤くしているな。こちらはごまかせそうになさそうだ。


「ロザリア、温室をもう一つ作ろうかと思っているんだけど、どう思う?」

「新しく作るのですか? この温室を大きくするのではなくて」

「うん、そうだよ。ロザリアが花を育てる『植物園』と、魔法薬を作るときに使う素材を植えた『薬草園』の二つに分けようと思ってね」

「どうしても分けなきゃダメですか?」


 ロザリアが上目遣いでこちらを見上げて来た。どうやらロザリアは別々にすることに反対のようである。これは何とかして説得しなければいけないな。きちんと説明すれば、ロザリアもきっと分かってくれるはずだ。


「薬草を育てるときに色々と試験をしたいと思っているんだ。その内容を秘密にしておきたくてね。家族に見られるのは構わないけど、ここには他の人も来るだろう?」

「あの場所では狭いのですね」


 ロザリアが温室の一角を指差した。そこは俺が試験に使っている場所である。畳二畳分くらいの場所だ。正直に言うと、狭いと思う。品種改良はできないし、新しく見つけてきた植物を試験的に植えることもできない。


 それにできれば樹木も植えたいと思っているんだよね。そうなると、今の温室の高さではとても足りない。チーゴの実がなる木を何とかして植えたい。そうすれば、熟成チーゴの実が取り放題になる。グヘヘ。


「お兄様……」

「ユリウス様……」

「あ、ごめん、ごめん。変な顔をしてた?」


 ロザリアとファビエンヌが無言でうなずいた。ちょっと妄想が過ぎたかな? だってしょうがないじゃないか。温室が増えれば育てられる素材が増える。作れる魔法薬も増える。夢が広がる。


「分かりましたわ。新しい温室ができても、たまにはこの温室に来て下さいね」

「もちろんだよ。温室に来たときには必ず立ち寄らせてもらうよ」

「約束ですわ!」

「うん。約束する」


 なるほど、ロザリアが嫌がったのは俺がこの温室に来なくなると思ったからのようだ。

 そんなことにはならないぞ。この温室はデートにピッタリだ。お茶も飲めるし、美しい草花をめでることもできる。必ず利用するよ。


 屋敷に戻り、調合室で収穫物を丁寧に前処理していると、アレックスお兄様とダニエラお義姉様が帰ってきたと知らせが来た。

 さっそくファビエンヌと一緒にお兄様の元を訪れる。

 帰って来たばかりで疲れていると思うので、差し入れの初級体力回復薬も忘れない。


「お疲れ様です、アレックスお兄様、ダニエラお義姉様。これ、差し入れの初級体力回復薬です」

「ありがとう、ユリウス。助かるよ」

「ありがとう、ユリウスちゃん」


 二人は喜んで受け取ってくれた。俺が部屋に来たことで何かを察したのだろう。すぐに話を聞く姿勢になってくれた。


「それで、二人してどうしたんだい? 結婚式を挙げるのはまだ早いからね」

「あらあら」

「ちゃんと順番は守りますよ。ですから早く結婚式を挙げて下さいね?」


 俺の反撃に二人が目を白黒とさせていた。ざまあないぜ。してやったりと思ってファビエンヌの方を見ると、顔を真っ赤にしていた。思わず後ろ手にファビエンヌを隠す。

 これは見せたらあかんやつだ。


「そ、そんなことよりもこれを見て下さい。商会で売り出す魔法薬に印をつけてはどうかと思いまして」

「おや、さすがはユリウス。私たちも同じ事を考えていたんだよ」

「お屋敷に戻ったらみんなに相談しようと思っていたのですよ」


 アレックスお兄様が少し目を見開き、ダニエラお義姉様が目を細めてほほ笑んだ。

 どうやら他との区別が必要だと思ったのは俺だけではなかったようである。さすがは商会長とその夫人。

 二人に俺たちが考えた印を見せると喜んで受け取ってくれた。


「なるほど、考えたね。ハイネ辺境伯家の家紋を元にして印を作るのか。これなら一目でハイネ辺境伯家が関わっていると分かるね」

「それに盗用する人もいないはずですわ。そうだ、王家の家紋も混ぜましょう!」

「いや、それはちょっと……」

「そうですか」


 断るとダニエラお義姉様がションボリとしてしまった。でもですよお義姉様。王家の家紋がついた魔法薬なんて、恐れ多くてだれも手を出さないんじゃないですかね?

 そうなれば安く売りに出すわけにはいかないだろうし、ただの初級回復薬が高級品になってしまう。

 いや、考え方によってはそれもありなのか……?


「今はまだ様子見ということにして、ユリウスたちが作ってくれた印を採用しよう。場合によっては王家の家紋を追加する必要が出て来るかも知れない」

「それでは!」


 見かねたお兄様が助け船を出してくれた。ありがてぇ。

 ダニエラお義姉様がパッと笑顔を花開かせてアレックスお兄様を見つめている。それをにこやかに受け止めるお兄様。さすがだな。俺なら絶対に赤くなっている自信があるぞ。


「そのときに備えて、新しい印を一緒に考えよう。ユリウスたちを当てにしてばかりでは良くないからね」


 うれしそうにお義姉様がお兄様の腕に抱きついている。おやおや、なかなか見せつけてくれるじゃないの。義弟の前でも気にせずにラブラブか?

 そんなことを思っていると、その様子に対抗心を抱いたのか、俺の後ろから様子を見ていたファビエンヌが隣へ移動して俺の腕に抱きついた。


 お義姉様に対抗心を燃やすとか、どんな状況? 理解はできなかったが、腕が幸せなのでよし。アレックスお兄様も何も言って来なかったからね。

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