第334話 温室デート

 さて、初級体力回復薬の次に問題になるのが初級回復薬だな。なぜこれが選ばれたのか。答えは一つだな。ハイネ辺境伯家印の初級回復薬は甘くしてあるからね。


「飲みやすくせずに、無味無臭のままの初級回復薬にしておけば良かったな」

「使う人のことを考えて作られた魔法薬は素敵だと思いますわよ」

「あはは、そうかな?」


 ファビエンヌに見つめられてちょっと照れる。そこに尊敬の色が見えるからかな? そうなると、甘くしたのも無駄じゃなかったように思えてくる。


「別の場所で作られた魔法薬と区別できるように、栓に印をつけておいた方が良いかもね」

「それは良い考えですね。どのような印にしますか?」


 印をつける案はネロも賛成のようである。これなら偽物も出回りにくくなるはずだ。でも、簡単にまねされないような印にしないといけないな。


「ハイネ辺境伯家の家紋を印にしたらどうかな?」

「なるほど、確かにそれなら他がまねすることはできませんね。そんなことをすれば、ハイネ辺境伯家にケンカを売っているようなものですからね」

「良い考えだと思いますわ」


 ああだこうだと三人で話し合う。ミラも仲間に入りたかったようで、ファビエンヌに抱きかかえられた状態でフンフンと鼻息を荒くしていた。

 もしかして初級体力回復薬の効果が効き過ぎているのかな? 今度からミラに飲ませるときは半分にしておこう。


 ハイネ辺境伯家印の図案を完成させたところで温室に向かうことにした。名目的には温室の手入れなのだが、ぶっちゃけ温室デートである。

 我が家の温室は年中、キレイな花が咲いているので、デートスポットとして優秀なのだ。最近はロザリアだけでなく、お母様も花の手入れをしているようだ。


「作った図案は夕食の時間の前にアレックスお兄様に話すことにするよ。今の時間帯は忙しいかも知れないからね」

「それがよろしいかと思います」


 ネロがチラリと懐中時計を見ながらそう言った。時刻は午後三時を回ったくらいである。そろそろ休憩の時間だろうし、それが終われば仕事終わりの客がやって来る時間帯だろう。この前、その時間帯が一番忙しいって言っていたからね。


 温室に行くついでに、そのままそこでお茶の時間だ。使用人に頼むと、すぐに行動を開始してくれた。これでよし。ついたころには準備も整っていることだろう。


「今日は温室で何をなさるのですか?」

「薬草の収穫かな。なんだかんだ言っても、薬草が一番使う量が多いからね。もう少し植える場所を広くした方がいいかも知れない」

「そうですわね。先ほどもアレックスお義兄様から追加注文がありましたものね」


 ファビエンヌが困ったように眉をハの字に下げている。きっと気がついているのだろう。温室で育てられる場所が限界に来ていることを。これは温室を拡張するか、もう一棟作る必要がありそうだ。


 薬草園と植物園を分けた方が良いかも知れないな。お茶を飲めるのは植物園だけにする。そして植物園の管理はお母様とロザリアに任せる。うん、良いかも知れない。


 温室に入ると、特有のモワッとした空気と、ハーブの香りが入り交じった空気が迎えてくれた。真冬でもここだけはいつも春である。

 あ、ミラが鼻を押さえている。慣れるまでは独特の香りがするからね。


「育つには育っているけど、さすがに冬場なだけあって育ちはあまり良くないね」

「そう言われればそうですわね。成長速度が遅いような気がしますわ。さすがはユリウス様。良く観察しておりますわね」

「魔法薬師にとって、素材となる植物の管理は重要だからね」


 そうは言ったものの、完全に地球で身につけた知識である。お日様の光が弱くなれば、当然のことながら植物の育ちは悪くなる。この世界では温室を持っている家はまだ少ないので、そのことに気がつきにくいのは確かだろう。


 もちろん植物学者とかは知っていると思うけどね。でもその成果が一般大衆に広がるのはまだまだ先の話になりそうだ。魔法と魔力が存在するおかげで科学の進歩が遅いみたいだからね。きっと一つの事象に力を及ぼす要因が多いのが原因だと思う。


 素材の収穫を終えたところでお茶の時間にする。温室の中にあるテーブル席に座り、そこから鮮やかに咲いている花を見ながら休憩だ。この場所はロザリアのお気に入りの場所でもある。今日はいないみたいだけどね。


「ハーブティーがおいしいですわ」

「そうだね。品質が良くなったおかげかな。ケーキと良く合う」


 温室内には何種類かの蝶々が舞っており、どこか幻想的である。もちろん蝶々からは素材となる鱗粉が採れる。植物の交配を助けてくれるし、一石二鳥、いや、一石二蝶だな。


「温室の拡張を考えているんだけど、ファビエンヌはどう思う?」

「良い考えだと思います。色々と試したいことがあるのでしょう?」

「まあね。できれば品質をもう一段階、高めたいと思っているよ。そのためにはそれ専用の試験する場所が必要なんだよね」


 どうやらファビエンヌにはバレバレだったみたいである。ネロもうなずいているし、俺ってそんなに分かりやすい顔をしているのかな。アレックスお兄様みたいにポーカーフェイスを身につけられるのはまだまだ先のようだ。


「よし、図案をお兄様に見せるついでに温室拡張のことも話してみることにするよ」

「それがよろしいですわ。温室の建設には時間がかかりますものね。……あれ?」


 俺とネロの表情を見て首をかしげるファビエンヌ。どうやらそうでもないことに気がついたようである。

 雪山調査に行ったときにそれっぽい建物を建造しちゃったもんね。

 魔道具は作れる。あとはガラスさえ用意できればすぐに建設できるだろう。

 でもそれをやったら、たぶん怒られるよね?

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