第333話 大人気商品間違いなし

 ハイネ辺境伯家印の魔法薬を作るのはやぶさかでないのだが、問題はそれをやっても良いかだな。下手すると、他から恨まれることになるぞ。


「アレックスお兄様、魔法薬ギルドから苦情が来るのではないですか?」

「それはあるかもね。でも、そんなに量は作れないんだろう? それならすべての需要を満たすことはないだろうから大丈夫だよ」


 うーん、それならわざわざ俺が作った魔法薬を売りに出す必要はないと思うんだけどな。もしかして、客寄せに使うつもりなのかな? それなら分かるし、確かに量は必要ないな。


 大量に作らなくて良いのなら、ファビエンヌと一緒に魔法薬を作ることができるな。魔法薬を作るコツをもっと教えたいと思っていたところだったのだ。


「分かりました。用意できるだけの量で良ければ問題ありませんよ。ファビエンヌと一緒に準備しておきます」


 声には出さなかったが、ファビエンヌが口元に手を当てながら、ちょっと飛び上がった。アレックスお兄様もその様子に気がついたようで、ほほ笑みをファビエンヌに向けている。


「コホン、それで、どの魔法薬が必要なのですか?」

「今のところ予定しているのは、『初級回復薬』と『初級体力回復薬』の二種類だよ」

「なるほど。初級体力回復薬を売りに出すのですね。確かまだ、領都では広まっていないんでしたよね? 王宮魔法薬師からは作り方が伝わって来てないのかな?」

「どうやらそうみたいだよ。ダニエラ様の話によると、王都でもまだ売りに出されていないらしい」


 あれ、おかしいな。王宮魔法薬師たちには作り方を教えたはずなんだけど。国王陛下が追加が欲しいって言ったら作ってあげてねって。

 アレックスお兄様もハッキリとしたことが分からないようで、首を振ってお手上げ状態のようである。


「初級体力回復薬を売りに出すと、大変なことになるかも知れませんよ?」

「そのときは、ユリウスとファビエンヌに頑張ってもらうしかないかな」

「素材には限りがありますからね」

「分かっているよ。必要なら手配するので、いつでも言って欲しい」


 そう言って、アレックスお兄様は戻って行った。大丈夫かな? ちょっと、いや、かなり不安だ。初級体力回復薬は騎士団でも大人気の魔法薬だからな。おそらく一般向けに売りに出しても大人気商品になること間違いなしだろう。


「どうすっぺかな」

「何かお困りですか?」


 不安そうな顔をしたファビエンヌが眉をポヨポヨと動かしている。いかん、いかん。フィアンセを不安にさせてはいかん。


「そう言えばファビエンヌは初級体力回復薬を飲んだことなかったんだっけ?」

「そう言われればそうですわね。何か問題があるのですか?」

「うーん、まあ、飲んでみれば分かるよ」


 調合室には初級体力回復薬を作るための素材が十分にある。せっかくのチャンスなのでファビエンヌに作り方を丁寧に教えながら作成した。もちろん、改良前と改良後の二種類である。ルビーのような赤い色が美しい。


「これが初級体力回復薬なのですね。あの、二種類あるのはどうしてですか?」

「改良前の物はね、効果が高すぎるんだ。それに、ちょっとからくて飲みにくいんだよ」

「効果が高すぎる……」

「なるほど……」


 それを聞いたネロがなぜか納得していた。改良後の初級体力回復薬を使ったことがあるからね。あのときよりさらにテンションが上がるとなれば、察するところがあったようだ。騎士団ではとんでもない騒ぎになったからね。


「それじゃファビエンヌ、一本いっとく?」


 ゴクリとファビエンヌ、ネロ、ミラの喉が鳴った。あ、ミラも飲む気なのね。炭酸、大丈夫かな? 様子を見ながら飲ませよう。

 ファビエンヌとネロ、それから両手を前に出したミラに改良版初級体力回復薬を渡す。

 キュポン、と良い音がした。俺も飲もっと。


「それでは、いただきますわ」


 ファビエンヌの音頭でみんなが飲み始める。ミラは両手でビンを持って、器用に飲んでいた。どうやら問題なさそうである。


「これは……スッキリ爽やかになりますわね。このシュワシュワという刺激がたまりませんわ」

「ファビエンヌ様、この魔法薬は疲れたときに飲むと最高に良い気持ちになれるので、ぜひ試してみて下さい」


 ネロ、キミは一体何をファビエンヌに吹き込んでいるのかね。確かにそうかも知れないけど……ほら、ファビエンヌが目を輝かせてるじゃないか。これは今度試すつもりだな。


「キュー! キュ」

「ダメだよ、ミラ。魔法薬を一度にたくさん使うのは良くない」

「キュー……」


 おかわりを所望して両手を再び前に出したミラをたしなめる。どうやら気に入ったようである。その落ち込みようが半端ない。何だか俺が悪いような気がしてきた。

 ダメだ、ダメだ。あのかわいさに惑わされてはダメだ。


「やっぱりみんなこうなるよね? これは大人気商品になること、間違いなしだな」

「ああ、だからユリウス様は困っていたのですね」


 ファビエンヌも俺の苦悩を理解してくれたようで苦笑いをしている。ネロも納得の表情である。

 一応、アレックスお兄様には「素材がある限り」と念を押しているので、ひたすら初級体力回復薬を作ることにはならないと思うんだけどね。


 だがしかし、ホットクッキーを作るよりかは、はるかに手間暇がかかることになるのは間違いない。その一方で、ファビエンヌの技術力向上にはうってつけなんだよね。

 まあ、無理せず、やれる範囲でやるとしよう。

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