第332話 ジワジワと

 初級魔力持続回復薬を飲み干したファビエンヌがしきりに体の様子を確かめている。見た目が変わるわけではないので、効果があまり実感できないようである。


「それじゃ、ホットクッキーを一緒に作ろう。そのときに魔法薬の効果が分かるはずだよ」

「分かりましたわ。すぐに準備しますね」


 深く考えるのをやめたファビエンヌが動き始めた。それに続いて俺も準備を開始する。

 作り方はほとんどクッキーと同じなので、ボウルに素材を入れて生地を作る。大きな違いといえば、その過程で常に魔力をそそぎ込む必要があるという点だ。


「コールドクッキーも同じような作り方なのですか?」

「そうだね。素材がいくつか違うだけだよ。コールドクッキーを作るなら、まずは素材を手に入れないといけないな」

「手に入りにくいのですか?」

「うーん、どうなんだろう? ブルースライムの粘液を使うんだよね。あれには体を冷やす効果があるみたいで……」


 うわ、ファビエンヌがちょっと嫌そうな顔をしているぞ。スライム、というか、ゲテモノ系全般が苦手なようである。まあでも、素材の状態になればただのドロッとした液体だから、それほどでもないと思うけどね。


 そんな話をしながらホットクッキーを作っていると、体の変化に気がついたようである。ファビエンヌが魔力をそそぎ込んでいた自分の両手を見た。


「ユリウス様、何だかいつもより疲れませんわ」

「きっと魔力がジワジワと回復しているおかげだよ。さっき飲んだ魔法薬でね」

「やっぱりそうなのですね。ああ、なるほど。私の魔力を少しずつ回復させることで、魔力量が増えたみたいな状態になっているのですね!」

「その通り」


 うれしそうにファビエンヌが笑っている。魔力量を簡単に増やすことができないなら、使った先から魔力を回復させていけば良いのだ。そうすれば、擬似的に魔力量が増えたことになるからね。


「見た目はちょっとあれでしたが、さすがはユリウス様が作った魔法薬ですわ」

「気に入ったならまた作っておくよ。今度は色を変えてみようかな?」

「ありがとうございます! 楽しみにしておきますわ」


 まるで朝日が地平線から昇るような、実に良い笑顔である。この笑顔のためならいくらでも魔法薬を作れそうだ。色はリンゴジュースに似せて、黄金色にしようかな。

 ニヤニヤとそんなことを考えていると、ピンポンと調合室のチャイムが鳴った。どうやらだれかが来たようだ。


「キュ、キュー!」

「どうやら食いしん坊がやって来たみたいだ」

「うふふ、ちょうど良い感じにホットクッキーが焼けたところですからね」


 ミラの嗅覚はどうなっているんだ。犬並みの嗅覚をしているのかな? 動けない俺たちに代わって、ネロが扉を開けに行った。

 ミラは自分の力で扉を開けることができる。だが、この部屋に勝手に入ってはいけないことをちゃんと理解しているようで、勝手に扉を開けて入ってくることはない。

 知能は幼稚園の年長さんぐらいかな?


「キュ、キュ!」

「ちょっとミラ様、落ち着いて!」


 ホットクッキーの群れに今にも飛びかかろうとしたミラを、ネロが慌てて抱きかかえた。これはあれだな、年少さんくらいの知能だな。見かねたファビエンヌがミラに出来立てホヤホヤのホットクッキーを食べさせていた。

 ほっぺに両手を当てて、おいしいアピールをするミラ。かわいい。


「ミラの毛をそろそろ切らないといけないな」

「確かに伸びてきましたわね。さすがにこの時期に切るのはかわいそうなので、暖かくなってからになると思いますが」

「ミラの毛、何かの素材になると思うんだよねー」

「キュ!」


 何かを感じ取ったミラがファビエンヌの胸にしがみついた。あ、それ、俺の……。


「ユリウス、ちょっと良いかな?」


 開けっぱなしになっていた扉をコンコンとたたく音がする。振り向くとそこにはアレックスお兄様の姿があった。

 どうやらネロはミラを捕まえることを優先して、扉を閉めるのを忘れていたようである。面目なさそうに床を見つめていた。


 良いんだよ、そんなこと気にしなくても。別に内緒にしなければならない魔法薬を作っていたわけじゃないからね。

 うーん、調合室の扉を改造して自動で閉まるドアにしようかな? 確かバネをうまく使えば作れたはず。時間があるときにやってみよう。


「何かありましたか、アレックスお兄様?」

「うん。実はね、ユリウスが作った魔法薬を売りに出せないかなと思ってね」

「私が作った魔法薬ですか? ホットクッキー以外の魔法薬なら、他のお店でも買えるではありませんか」


 今のところ、ハイネ商会で独占的に売りに出している魔法薬はホットクッキーだけである。もちろんその作り方はどこにも公開していない。

 だが、それ以外の魔法薬は他の魔法薬師も知っているはずだ。わざわざ俺が作る必要はないと思うんだけど。


「それなんだけど、ユリウスの作る魔法薬は一味違うよね?」

「確かに、飲みやすいように味や臭いを整えてはいますけど……」

「どうもそのウワサが広がりつつあるみたいでね。『ここでは売らないのか?』って、最近良く聞かれるようになったんだよ」


 俺は苦笑いするしかなかった。だれだ、そんなウワサを広げたやつは。騎士団のメンバーなのか? それとも魔導師団か? もしかすると、ホットクッキーを食べた人たちが関連付けたのかも知れないな。

 さてどうするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る