第331話 初級魔力持続回復薬
さすがにお母様たちが待っているのに、屋敷の周りをもう一周するわけにはいかない。
そんなことをすれば、それこそ何事かと思われるだろう。ここはファビエンヌを正気に戻すしかない。
「ファビエンヌ、屋敷に着いたよ。しっかりして」
そう言いながら、魔法をひそかに使ってファビエンヌの火照った体を冷ましてあげる。徐々にファビエンヌの焦点が定まってきた。
「くしゅん」
「あ、ごめん。寒かった?」
正気に戻ったファビエンヌが目を見開いている。一体何をしたんだと驚いている様子だ。ここは正直に話そう。あとでこじれることになると困る。
「魔法を使ってファビエンヌの体を冷やしていたんだよ」
「そうでしたのね。それは……それは?」
「えっと、お母様とロザリアが出迎えに来ているみたいなんだ。早く馬車から降りて行かないと」
「まあ! そうでしたのね」
慌ててファビエンヌが身を整え始めた。それをお付きの使用人が手伝う。その間に俺もネロに服装を整えてもらった。
「ユリウス様」
「わ、わざとじゃないからね! 信じてよ」
「……ファビエンヌ様がお気づきにならなくて良かったですね」
「うん、そうだね……」
ファビエンヌの胸をもんだことがバレなくて良かった。下手すると、ほっぺたに紅葉をつけた状態でお母様の前に行かなければならないところだった。
ようやく降りる準備が整ったところで、ファビエンヌをエスコートしながら馬車から出る。
「ただいま戻りました、お母様」
「ただいま戻りましたわ」
「お帰りなさい。思ったよりも早かったわね」
「お帰りなさい、お兄様、お義姉様」
笑顔で二人が迎えてくれた。どうやら不審には思われていないようだ。助かったぜ。
「ホットクッキーの在庫が足らなくなりそうだったので、今のうちに作っておこうと思いまして」
「あら、そうなのね。それにしても、なかなか馬車から降りてこないから、どうしようかと思ったわ~」
お母様の顔は相変わらず笑顔なのだが、ちょっとずつ威圧感が増しているような気がする。まずい。このままでは良くない。
そしてさらに良くないことに、ファビエンヌがさっきの出来事を思い出したのか、プルプルしてる。
「えっと、二人で魔法薬のことを話してまして、ちょっと盛り上がっていたのですよ」
「ふぅん?」
あ、これは信じてないな。だが、ロザリアが近くにいるため、それ以上追求してくることはなかった。あとが怖い。
お母様の視線に震えつつサロンで一息つくと、調合室へと向かった。
「まずは初級魔力持続回復薬を作ろうかな」
「作り方を見てもよろしいですか?」
「もちろん構わないよ。構わないけど……」
使う素材の見た目がちょっと良くないんだよね。まあ、良いか。魔法薬師になれば、この程度の素材を使うのは日常茶飯事だ。この際だから、ファビエンヌにも慣れてもらおう。
言いよどんだ俺を見ながら首をちょっとかしげるファビエンヌ。何だか見せない方が良いような気もしてきた。
「使う素材はこれだよ」
あらかじめ下処理をしておいた素材を見せる。どれも粉末状になっているので、元が何なのか分からないのが救いである。粉の入ったビンを手に取りながら、不思議そうな顔でファビエンヌが見ていた。
「左から、黄色ガエルの粘液を粉にしたもの、トカゲの尻尾を粉にしたもの、蛇の抜け殻を粉にしたものだよ」
ファビエンヌがそっとビンのテーブルの上に戻した。その顔からは表情が抜け落ちていた。まあ、正常な女の子の反応だと思う。ネロの顔も無表情になっている。もしかして、苦手なのかな。
「そ、そうなのですね。そのようなものが魔法薬の素材になるのですね」
「使おうと思えば、何でも魔法薬の素材になるよ。ゆっくりでいいから、慣れていってね」
無言で首を縦に振るファビエンヌ。魔法薬の洗礼にしては刺激が強すぎたかな。もうちょっとマイルドなものから始めれば良かった。例えば、スライムの粘液とかから。
蒸留水を沸騰させて火を止める。そこに少しだけ蒸留水を追加して温度を下げると、新鮮な魔力草を浸す。それをゆっくりとかき混ぜながら、成分を抽出してゆく。
「今入れたのは魔力草だよ。新鮮な方が効果が高い薬になるし、変な渋味も出ないんだ」
「温室があるから採れる素材ですわね」
「そうだね」
成分の抽出が終われば、それを煮詰めて濃縮する。色が濃くなったところで、先ほどの乾燥粉末を入れた。あとはそれらが溶けるまでかき混ぜるだけである。
おっと、味付けを変えないといけないな。このままだと、青臭い風味になってしまう。
すりおろしたリンゴとハチミツ、それから魔力をたっぷりと加えて味を調える。少しだけドロッとした、うぐいす色の液体が出来上がった。まずい、もう一杯! と言いたくなりそうな見た目だが、味は問題ないはずだ。
初級魔力持続回復薬:高品質。魔力を継続的に回復させる。効果(小)。効果時間(長)。リンゴとハチミツの味。
よし、これなら大丈夫。見た目さえ我慢すれば大丈夫だ。
「これで完成だよ。見た目はあれだけど、品質、味には問題ないし。俺が保証するよ」
「え、あ、う……」
こんなに微妙な顔をしたファビエンヌを見るのは初めてだ。やっぱり原材料を見せたのはまずかったかな? でもカエルやトカゲ、蛇の本体を見せたわけじゃないので、まだ良いと思うんだけど。
「無理そうなら、無理して飲まなくても良いよ。魔導師団のところに持って行けば、使い道はたくさんあるだろうからね」
「あ、いや、飲みます!」
覚悟を決めたファビエンヌが一気にグイッと飲み干した。目をつぶってだけど。今度は色合いも調整した方が良さそうだな。またピンク色にするかな。
「リンゴとハチミツ!」
ファビエンヌがそう叫んだ。どうやら色々と限界だったようである。無理しなくても良かったのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。