第330話 頭突き

 俺が工房で職人たちを見回っている間に、ファビエンヌはお茶の準備をしてみんなに提供していた。もうそろそろ、その光景に慣れても良いと思うのだが、従業員たちはみんな恐縮しながら受け取っていた。

 もちろん、ネロやファビエンヌ付きの使用人も手伝っている。


「いつもありがとう」

「いいえ、大したことはありませんわ。私がここでできることはこのくらいのことしかありませんから」


 笑顔を見せるファビエンヌ。魔道具作りなども教えてみたのだが、うまく行かなかったのだ。興味の問題かな? それならしょうがないね。


「よし、一段落ついたし、売り場を見に行こう。ホットクッキーの売れ行きも確認しないといけないからね」

「はい!」


 親方たちに声をかけてから、表の売り場へと向かう。そこは多くの人でにぎわっていた。中でもやはりドライフルーツは人気なようである。庶民向けのドライフルーツのコーナーは早くも追加の品出しをしなければならないようだった。


 人を増やすならドライフルーツを作る人が優先だな。甘い物はどの家庭でも人気があるみたいだからね。

 ハイネ辺境伯家の料理人を動員しなくて良かった。もしそれをやっていたら、食事の準備が回らなくなるところだった。


「ホットクッキーの売り場は……なかなか売れているみたいだね」

「本当ですわ! 魔法薬なので、魔道具や文房具と違って使えばすぐになくなりますからね」

「そうだね。最近は寒い日が続いているし、外で働く人には欠かせない魔法薬になっているのかもね」


 目の前で自分の作った魔法薬が売れるのを、ファビエンヌが何だかまぶしそうに見ていた。人の役に立てることがうれしいんだろうな。俺もうれしい。


「ああ、でも、春になったら必要なくなってしまいますね……」


 ちょっと寂しそうに、そうつぶやいたファビエンヌ。フッフッフ、そうは問屋が卸さないのだよ! 俺をなめてもらっては困る。


「それなら、春になったらその先の夏に向けて、一緒にコールドクッキーでも作りませんか?」

「コールドクッキー?」

「そう。食べれば体が冷える、魔法のクッキーですよ」


 ファビエンヌが目を見開いた。そして無言で俺の胸に頭突きをしてきた。流行ってるのかな、俺に頭突きするの。

 ホットクッキーはまだまだ売れそうである。これは追加で作らないといけないな。


「ファビエンヌ、戻って魔法薬を作りましょう」

「こちらはもうよろしいのですか?」

「うん、まあ、大丈夫だよ。魔道具が売り切れたときはそのときだよ」


 アレックスお兄様とダニエラお義姉様に屋敷に戻ることを告げて馬車に乗った。お兄様たちはそのまま商会での仕事をこなすようである。お父様から頼まれている職務もここで行うようだ。


 これは商会に住み着くのも時間の問題かも知れないな。そのときはダニエラお義姉様はどうするのかな? 商会の警備を増員するのかな。分からん。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。それよりも、何か困っていることはない?」

「そうですね……」


 アゴに手を当てて考え始めた。あせらせる必要はないので、黙ってファビエンヌの顔を観察していた。まつげが長いな。今はかわいい系だけど、将来は美人さんになるのは間違いなさそうだ。


「あの、もう少し魔力量が欲しいです。そうすれば、たくさんの量の魔法薬を作れるようになれますので。ユリウス様のように」

「なるほど」


 顔を少し赤くして、もじもじしながらそう言った。

 これは困ったぞ。俺が魔法薬を作っても魔力切れを起こさないのは、単に魔力量がものすごく多いからだ。そしてファビエンヌの魔力量を短期間で俺と同レベルにするのは難しい。それならば。


「それならファビエンヌのために、初級魔力持続回復薬を作ってあげるよ。その魔法薬を使えば、普段よりも早く魔力量を回復させることができるようになるはずだよ」

「それならもしかして……!」

「普段よりも魔法薬を作ることができるようになると思う。ただし、無理はダメだからね」


 めっと言わんばかりに、ファビエンヌの口を人差し指で塞いだ。ふにゅっとした、何とも言えないみずみずしさが指を伝って、体の中を駆け巡った。

 これは何か、いやらしいことをしてしまったかのような感じだな。いやいや、ファビエンヌの唇に触れただけだぞ?


「ファビエンヌ!」


 耳まで赤く染め上げたファビエンヌの体がグラついた。慌ててその体を支える。今度はむにゅっとした感触が手のひらにあった。

 ……わざとじゃないよ? 不可抗力だからね? だからネロ、その背けた視線を元に戻しなさい。


「ユリウス様、そろそろ屋敷に到着しますよー」

「すまないが、屋敷の周りを一周してもらえないかな?」

「はい?」


 御者から困惑するような声が返ってきた。あかん。このまま屋敷に戻ったら、何事かとお父様とお母様に詰め寄られる。ミラとロザリアとリーリエからは汚物を見るような目で見られるはずだ。

 一人の紳士として、それだけは避けなければならない。


「ユリウス様、奥方様とロザリア様がお出迎えしておりますが……」

「オーマイガ!」


 何でこんなときに限ってお出迎えがあるんだよ。いつもはお出迎えなんてしなかったじゃん!

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