第328話 懸念材料

 ハイネ商会の売り上げは絶好調だった。なにせ、売っている物がすべて見たこともない物ばかりなのだ。そりゃ人が来るか。

 今のところは領都の住民や、近くの町や村から訪ねて来る人がメインだが、商人たちの姿もチラホラ見える。


 雪の中、売り歩くのは大変だろうが、それだけ価値があると判断しているということである。

 これは雪が溶けて暖かくなってきたら、あちこちから商人が集まって来ることになるぞ。もしかすると、大商人も買い付けに来るかも知れない。


「アレックスお兄様、今の売れ行きをどう思いますか?」


 朝食の席でお兄様にそう切り出した。責任者はお父様ではなく、アレックスお兄様だ。お父様が何も言わないのは、それを認めているからだろう。

 俺の隣に座って朝食を食べているファビエンヌがちょっと首をかしげていた。


 ファビエンヌは調合室にいることが多いからね。一緒に商会の様子を見に行くことはあっても、全体の物の動きまでは把握できていないのだろう。

 俺だって、すべての商品に関わっていなければ分からなかったはずだ。


 商品の減り具合と、工房の素材の減り具合、親方や従業員からの話で、俺が思っていたよりも速いペースで売れていることが分かったのだ。

 この分だと、追加の素材を注文しないといけないだろう。外はすでに雪が積もっている。素材の調達も遅れるかも知れない。


「そうだね、予想よりも多いかな? ちょっと従業員が働き過ぎになっている気がするよ」

「そうですわね、予定時間を過ぎても働いているときがありますわ」


 ダニエラお義姉様がゆっくりと首を横に振っている。

 どうやらアレックスお兄様だけでなく、ダニエラお義姉様も店を閉める直前まで商会にいるようだ。本当は商会に泊まりたいみたいだが、安全のため、毎日、屋敷に戻って来ていた。


「これは雪が溶けると同時に、多くの商人が他の領地からやって来るかも知れないね。この冬の間にどれだけハイネ商会のウワサが広がるかにもよるけど」

「売れ行きもそうですが、評判も良いみたいなのですよね。これならもしかすると、王都からも商人がやって来るかも知れません」


 そう言って姿勢を正すダニエラお義姉様。どうやら思ったよりも展開が早くて心配しているようである。俺も心配だ。


「王都からの商人がこぞってやって来れば、全部の商品を持って行かれるかも知れませんね」


 カインお兄様も心配になってきたようだ。王都のお店には良く出かけるみたいなので、そのときに商人のやり方を見てきたのだろう。商品を根こそぎ持って行かれると思っているのかも知れない。


「さすがにそこまではないと思うけど……」


 アレックスお兄様が眉をハの字に曲げているが、その可能性もあると思っているようだ。これは冬の間に在庫を増やしておいた方が良いかも知れない。


「アレックスお兄様、素材の追加注文が必要だと思います。ホットクッキーの売れ行きも良いみたいですし、こちらももっと作る量を増やす必要があるかも知れません」

「大丈夫かな? ファビエンヌ嬢が無理してない?」


 ファビエンヌの方を見ると、「大丈夫だ」と言わんばかりに力強くうなずいた。問題はないらしい。

 実際は俺が作るスピードを上げれば良いだけなので、どうにでもなると思っている。ファビエンヌが自信を失わないように注意する必要はあるけどね。


「大丈夫ですよ。ファビエンヌはここに来てからずいぶんと腕を上げていますからね」

「それなら安心だね。素材はみんなの話を聞いてから追加で注文しておくよ」

「よろしくお願いします」


 見ると、ファビエンヌの顔が赤くなっていた。うれしそうである。かわいいよね、俺の嫁。

 朝食が終わるとまずは毎日の鍛錬からスタートする。これはみんな同じだ。

 貴族たる者、いつでも動けるようにしておかなければならないのだ。


「ファビエンヌ、寂しくない?」


 隣で一緒に準備運動しているファビエンヌ嬢に尋ねた。


「そんなことありませんわ。ミラちゃんがときどき添い寝してくれますし、それに……ユリウス様がそばにいますもの」


 最後の方の声が小さくなる。たぶん今、お互いに顔が真っ赤になっていることだろう。近くに他の人がいなくて良かった。

 それにしても、ファビエンヌがなかなか俺のことを呼び捨てしてくれないな。自分が男爵令嬢であることを気にしているみたいなんだよね。みんな「そんなこと気にしなくていい」って言ってるんだけど。


 ダニエラお義姉様もそのことをすごく気にしていて、何とかお義姉様と呼んでもらおうと必死である。さすが家族愛がひときわ強いダニエラお義姉様。ミーカお義姉様はグイグイ行くタイプなので、ファビエンヌも戸惑っているようだ。

 早く慣れてくれると良いんだけど、こればかりは性格の問題もあるからね。


「キュ! キュ!」


 名前を呼ばれたミラが飛んで来た。なかなかの地獄耳のようである。ちょっと離れたところで体操しているロザリアとリーリエのそばにいたはずなのに。


「お兄様、お義姉様、どうかしましたか?」


 飛んで行ったミラを追いかけて、ロザリアとリーリエがこちらへやって来た。


「何でもないよ。ミラが添い寝してくれてうれしいって話をしていただけだよ」

「キュ!」

「そうなのですね! それなら今度、私が一緒に添い寝してあげますわ」

「あっと、それはファビエンヌにしてもらいたいかな?」


 ロザリアのほほがハリセンボンのように膨らんだ。

 ん? どうした? ファビエンヌが今にも沸騰しそうな顔になっている。顔どころか全身が真っ赤に染まっているぞ。そのあまりの変わり様に驚いたミラが俺にしがみついてきた。


「む、お兄様は私よりもお義姉様に添い寝して欲しいのですね」

「はえ? あああ!」


 何という言葉のすれ違い。俺がファビエンヌに添い寝して欲しいみたいな感じになっている! 確かにそう受け取られる発言をしてしまった。

 だがしかし、ここで、「違うんだ、違うんだファビエンヌ!」とか言ったら、ガッカリするだろうな。


「えっと、それじゃ、今日辺りやってみる? なんちゃって……ファビエンヌ!」


 背中から倒れたファビエンヌを慌てて抱きとめる。やり過ぎたんだ……。

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