第326話 アンベール男爵からの手紙

 当初の予定よりも早く、本日の親方たちへの指導は終わった。そして親方たちからお願いがあった。

 なんでも、長男の下でくすぶっている次男、三男をこの工房で働かせたいとのこと。


 こればかりは俺の裁量では決めることはできない。アレックスお兄様に相談する必要があるな。もしかしてお兄様はここまで予想していたのかな? ちょっと怖いぞ。

 俺は親方たちに「希望は伝える」と言って、今日のところは帰ってもらった。


 あと二、三日もすれば、文房具類で売り出し予定の商品をすべて作れるようになるだろう。これなら、思ったよりも早く万年筆を流通させることができるかも知れない。

 その前にまず、工作室から商会の工房に道具類を引っ越しさせないといけないな。


「アレックスお兄様、親方たちからお願い事があるそうです」

「親方? もうそんな風に呼んでいるのかい。それなら腕は確かだったみたいだね」


 夕食の時間が始まる前にアレックスお兄様を捕まえた。ここで話しておけば、夕食のときにお父様と相談できるはずだ。


「はい。とても良い腕をしていました。私よりも数段上ですね。さすがはアレックスお兄様」


 尊敬のまなざしをアレックスお兄様に向ける。親方たちの希望が受理されるかは俺にかかっている。使えるものは何でも使おう。


「あはは、ありがとう。それで、お願い事ってなんだい?」


 俺は親方たちからの希望を伝えた。アレックスお兄様はそれを笑顔で聞いていた。

 やはり予想済みか。アレックスお兄様、恐ろしい子。孔明かな?


「ふむ、なるほどね。こちらとしてはありがたい申し出だね。ユリウスの意見はどうだい?」

「仕事が楽になるので良いと思います。それに、人数が増えれば、万年筆を売りに出せるようになるかも知れません」

「そうか、なら、新たに雇うとしよう。それならドライフルーツ作りも任せられるようになるかも知れないね」


 今のところ、ドライフルーツはハイネ辺境伯家の料理人が時間を見つけて教えることになっていた。それがなくなれば、料理人にも時間の余裕ができるはずだ。


「ありがとうございます! あ、でも、もちろん一般の働き手も欲しいです」

「分かっているよ。職人だけが優遇されていたら、何かと不満が出るかも知れないからね。ハイネ辺境伯家の商会はあくまでも領地を豊かにするために存在する。そうでなくっちゃね」


 お兄様が良い顔で笑っている。その通りだと思う。お金もうけを主体としてはいけない。そんなことをすれば、たちまち領民から不満の声が上がるだろう。

 きっとお金の使い道はすでに考えてあるのだろう。どんなことをするのか、今から楽しみだな。


 夕食の席ではさっそくアレックスお兄様がお父様に相談していた。それを家族みんなが聞いている。大きな事業になってきたことに、少し興奮している様子だ。

 貴族が商会を立てる事例は他にもある。ハイネ辺境伯家が初めてではないので、目をつけられることはないだろう。


 これで商会の運営も安定するはずだ。あと気になるのがホットクッキーの販売だな。思い切って魔法薬師を雇うように進言してみようかな? でも、たった今、新しく職人を雇うことが決まったばかりだしな。どうしよう。


「おっと、忘れるところだった。アンベール男爵から手紙が来たぞ」


 不意にお父様がそう言った。その発言にそれまで騒がしかった食卓がシンと静まり返った。自然と注目がお父様に集まる。俺の婚約者の父親から来た手紙だ。何が書いてあるのか気になるのだろう。俺もとても気になる。ホットクッキーのことかな?


「それによると、ホットクッキーの作成をファビエンヌ嬢が手伝ってくれると書いてある」


 おお、とアレックスお兄様とダニエラお義姉様が歓喜の声を上げた。良かった。これで商会は魔道具と文房具、食品だけでなく、魔法薬も売りに出すことになるぞ。

 幅広く手がけていればリスクの分散につながる。そのうち一つがダメになっても、すぐに行き詰まることがなくなるのだ。


「それで、そのファビエンヌ嬢だが、冬の間は両家間の行き来が困難になることが予想されるので、その間、こちらで預かって欲しいと書いてある」

「え?」


 今度は視線が俺に集まった。それってあれだよね、ファビエンヌと一つ屋根の下で暮らすってことだよね? いや、家族みんながいるけどさ。先日、「お嬢さんを下さい」って言ったばかりだよ? 展開、早くない?


「良かったね、ユリウス。ほら、お父様に返事をしないと。困っているよ」


 アレックスお兄様が催促をしてきた。いや、別にお父様は困ったような顔をしていないんだけど……どちらかと言うと、ニヤニヤしているような気がする。

 それはお父様だけではない。扇子で隠しているが、お母様もダニエラお義姉様もミーカお義姉様も目が笑っている。ロザリアは……何だかうれしそうだな。


「もちろん私に異存はありませんよ。お父様の判断にお任せします」

「そうか。それでは冬の間、こちらで預かることにしよう。すぐに部屋を用意しないといけないな」


 何だか楽しそうである。もしかして、俺の監視役が一人増えたと思っているのかな? ネロからは十分に情報が伝わっていると思うんだけど、それでは物足りなかったか。

 その後の夕食はファビエンヌ嬢の話で盛り上がった。結局そこで俺はアンベール男爵家を訪れたときに何をしたのかを話すことになった。


 俺がアンベール男爵にファビエンヌ嬢が欲しい宣言をしたところなんて、大いに盛り上がった。

 そう言えば、アレックスお兄様は国王陛下にちゃんと言ったのかな? カインお兄様は? その話、気になります。

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